【対談】たむらしげるさん×土井章史さん 長年の知己である2人による「絵本の話」(最終回)

イラストレーションNo.220に掲載された、たむらしげるさんと絵本編集者・土井章史さんによる対談を、第3回に分けてお届けします。

一緒に巡った古書店の話に始まり、作家と編集者の立場からの絵本への言及、そしてお宝自慢など、この2人だからこそのエピソードが飛び出します。

第1回第2回第3回はこちら)

(連載のまとめはこちらから)

撮影:根本絵梨子

 

 

2人のコレクション披露

た:そう言えば土井くんに見せたいのがあって……

土:これはブブノワ(*45)ですね!

*45ブノワワルワーラブブノワ。18861983年。ロシアの画家、文学者。早稲田大学、東京外国語大学などでロシア文学を教えた。著書に『ブブノワさんの手紙』などがある。

た:いつもの自分のコレクションからは外れるけど。

土:こんなのありですか?

た:あり(笑)。ロシア・アヴァンギャルドですよ。

土:字の並べ方もすごい。

た:新鮮でしょ。

土:すごいですね。昭和9年発行かぁ。作り方が前衛だ。やっぱりこの大正から昭和の初期は本当にいい時代ですね。

た:こういうロシア人の画家がこういったアヴァンギャルドなものを出せる時代だったんだね。書店の店主が言うには、ここの目の部分に墨が入ってるでしょ。これがブブノワの手彩だって(笑)。誰かのいたずらかもしれないけど。

土:あははは。ここにブブノワが入れたか、ペンを(笑)。これどっかの資料で見たことあるような……

た:でも持ってはいないでしょ?

土:持ってない、持ってない。

た:よかった(笑)。

土:この大正ロマンと言われた時代から昭和初期は本当に前衛の時代で面白い時代なんですよ。村山知義(*46)とかね、あそこらへんがかっこよかったんだから!

*46村山知義…1901年ー1977年。画家、デザイナー。代表作に『しんせつなともだち』『おなかのかわ』などがある。

た:あと、恩地孝四郎(*47)とかに繋がるのかな。

*47恩地孝四郎…1891年ー1955。版画家、装幀家。『抒情』シリーズ、『フォルム』シリーズなど数多くの版画作品を残した。

土:当時の横井弘三(*48)の本を持ってるんですけど、縦書きなのに左から右に読ませる本を作ってるんですよね。むちゃくちゃだよ、読みにくいよ(笑)。

*48横井弘三…1889年ー1965年。洋画家。独学で絵画を学び、「日本のアンリルソー」と呼ばれた。代表作に『クジラのオモチャ』『天女像』などがある。

た:あとはこれ。

土:ディック・ブルーナ(*49)! 初期の初期。これ海外から買ったんですか?

*49ディック・ブルーナ…19272017年。オランダのグラフィックデザイナー、絵本作家。代表作に絵本「うさこちゃん」シリーズや、ペーパーバック『ブラック・ベア』シリーズなどがある。

た:銀杏書房だよ。

土:銀杏ですか? 銀杏こんなの入れるんだ。これは50年代のものかな。色がとても鮮やかですね。

た:四角いフォーマットのになる前の、輪郭線が無い時代だね。

土:いいですね。素朴で。

た:この時代のブルーナが好きなんだよね。どこかで復刊しないかなって思うけど、多分ブルーナ自身が封印しているんじゃないかな。この系統のが何冊かあるはずなんだよね。やっぱりナインチェが欲しいなと思うんだけど滅多に出ないみたいでね、オークションになっちゃうみたい。

土:これはいいですね。

た:技法は切り絵なのかな。マティス(*50)のジャズとかの影響が感じられるね。

*50マティスアンリ・マティス。1869年ー1954年。フランスの画家。フォービスムを代表する芸術家で代表作に『ダンス』『ジャズ』などがある。*51ロス・ブラウト…1898年ー1983年。アメリカの画家。

土:エッジが大胆ですよね、パンパンパンと乗せてる感じ。

た:これはダメージがあったからそんなに高くなかった。銀杏書房は、たまに行ってみると面白いものがあったりするから。

土:すごいなぁ。こういうところも頑張らなくちゃなぁと思うけどなかなか。

た:あと、イラストレーションとして見せたいのが、1935年にアメリカで出版されたリトグラフで刷られた本で、ロス・ブラウト(*51)が画を担当した『PHAETHON』。

*51ロス・ブラウト…1898年ー1983年。アメリカ画家。

土:うわぁ。きれいですね。

た:この本は僕が今まで見た挿画本の中で一番好き。アメリカ同時代の画家トーマス・ハート・ベントン(*52)を思わせるところもあるね。

*52トーマス・ハート・ベントン…1889年ー1975年。アメリカの画家。代表作に『アメリカ生活の絵画』などがある。

土:文章もこの人?

た:文章はギリシャ神話の話。

土:きれいな字の並べ方ですね。1935年でこんなにかっこいいの。

た:1930年代のアメリカのリトグラフって、なんか闇と光が抜群にいいんだよね。

土:アメリカの30年代って不思議だなぁ、いい時代ですね。

た:ギリシャ神話をアメリカの自然に当てはめたような印象がするね。海外古書店から直接買ったんだけど、思ってるよりは高くないですよ。

土:その「思ってるより」ってのが大変ですよ(笑)。

『葬儀屋』 プウシキン著、中山省三郎訳、ブブノワ絵(版画荘)たむらさんの古書コレクションの中の1冊。

 

『kleine koning』ディック・ブルーナ著(UTRECHT)初期のブルーナ作品で、特徴的な輪郭線はまだ存在しない。

 

土井さんのお宝はおまけ絵本

編:土井さんのコレクションも見せて頂けますか?

土:僕は『オレンジ絵本』(*53)。たむらさんが描いた3冊ちゃんと持ってるんですよ、揃えました。でもこのスズキコージさんのがね一番レアだと思う。番号が60番だから一番最後ですよ。

*53オレンジ絵本『明治オレンジ絵本』。明治製菓株式会社が発行し、明治ビスケットのおまけとして付けられていた豆本。

た:張り切ってるね。コージさん。若いパワーみなぎってるよなぁ。

土:このシリーズは前期・中期・後期各20冊で合計60冊。

た:このコージさんのは僕がトッパンを辞めちゃってからだね。見てないもん。これと同じ後期に僕が描いたのは描き分け版(*54)を試してるんだ。4色のインクのセットで割り切ってね。この王さまの表情とか、長新太さんの影響を感じますね(笑)。長さんは描き分けがとてもうまいよね。

*54描き分け版…CMYKの各インク毎に版を分けて描き、印刷用の版にする方法。

土:あかね書房の描き分けシリーズの編集を担当した頃、長さんが原画を取り出す時に「本当は僕はマンロー・リーフ(*55)みたいに赤ともう1色でやりたいんだけど、自信がないから3色でやる」って言ってました。あれはすごくかっこよかったなぁ。

*55マンロー・リーフ…1905年ー1976年。アメリカの児童文学作家。代表作に『おっとあぶない』『はなのすきなうし』などがある。

 

中央の2冊がスズキコージさん、下と上がたむらさんが描いた『オレンジ絵本』。おまけで付いてきたものなので、今ではなかなか見つからない。

 

『よるのおと』について

土:「産経児童出版文化賞」のスピーチを読みましたけど、松尾芭蕉の句「古池や~」に出てくる池は心のことだって書いてあって、びっくりしちゃって。

た:これが人の心を読んだ初めての句だって説があってね。まあ、芭蕉本人が言ってるわけではないんだろうけども。

土:たむらさんは自分で自分のこと〝湖〟って言ってて、僕のことを〝沼〟って言っている。なんかそういう例え好きですね(笑)。

た:あはは。それでその例えを自分でも気に入ってね。『よるのおと』を描いている時にはそんなこと全然思っていなくて、もうその世界だけに入りこんでたんだけど。でも、そういうものを説明する時にそういうことを言うとかっこいいでしょ?(笑)

土:とってもいい。たむらさんは水のあるところ好きですね。『よるのおと』を見るとシュルヴィッツ(*56)の『よあけ』と、あともう1つ思い付いたのは片山健さんの『ぼくからみると』。

*56シュルヴィッツユリーシュルヴィッツ。1935年生まれ。ポーランドの絵本作家。『空とぶ船と世界一のばか』でコルデコット賞を受賞。代表作に『よあけ』などがある。

た:そうだね。やっぱりその2冊がないと『よるのおと』は出来なかったと思うんだよね。片山さんのは昼間の風景でいろんなことが起こってて状況としては似てるよね。それを自分のほうに引き寄せた感じかもしれないよね。あれも時間的なことを緻密に描いてる。

土:あの2冊がなければ、『よるのおと』は出来なかったと言い切られましたけど、やっぱりそういう感じですか?

た:ありがたいというか、あの2冊があってよかったなって思っています。その延長線上に描いたという気持ちは強いです。世の中に人の作ったオリジナルってほとんど存在しなくて、なんらかの影響を受けて次の魅力のあるものを描くというのは、それでいいと思うんです。例えて言えばあの2冊は遺伝子のようなもので『よるのおと』はその子どもなんだね。そしてうまくいけば『よるのおと』の遺伝子を受け継いだ次の絵本が若い作家から生まれるとうれしい。

土:手法はシュルヴィッツで、時間の流れ方は『ぼくからみると』を感じました。

た:少し前に『まばたき』(*57)って絵本が出ましたよね。あれは前の2冊ほど直接的な影響はないんだけれども、こういう絵本のやり方があるんだなぁって思ったな。

*57『まばたき』…2014年、岩崎書店より発行された絵本。穂村弘作、酒井駒子絵。

土:あれはすごい手法ですよね。

た:こういう本は後になって効くんだよね。僕はこの年になると後を引くってほとんどないんだけど、多分子どもの頃に読んだりしてたら後引いただろうな。感受性の強い限られた子どもにだと思うけど、それでいいんだよね。

土:子どもはびっくりしますよ(笑)。

た:あれも時間だよね。出版社もよく出したと思うけど、酒井駒子さんもよく描いた。『よあけ』と『ぼくからみると』については編集担当の広松健児さんが受賞式の時に少し言ってたけど、お互いに目指すべきところはこの2冊だなって認識はありました。今日土井くんと話してみて、改めていろんなことやってきたなぁと思ったよ。

土:本当にそう思います。でもこれからたむらさんが生み出す作品も楽しみにしていますよ。

たむらさんがこれまで見た本の中で、最も挿絵がすばらしいと話す『PHAETHON』

 

土井さんの持ってきたスズキコージさんの『オレンジ絵本』を見て、喜ぶ2人。まさに古書コレクターの顔。

 

〈プロフィール〉

たむらしげる/1949年、東京生まれ。絵本に『ありとすいか』(ポプラ社)『かたつむりタクシー』(福音館書店)、画集に『ファンタスマゴリア』(架空社)『水晶山脈』(アノニマ・スタジオ)、漫画集に『結晶星』(青林工藝舎)などがある。『よるのおと』(偕成社)で産経児童出版文化賞大賞、映像作品「銀河の魚」で毎日映画コンクール大藤信郎賞、「クジラの跳躍」で文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞。

どいあきふみ/1957年、広島生まれ。フリーの絵本編集者として300冊以上の絵本を企画編集。若手作家の育成にも力を注いでいる。著書に『絵本をつくりたい人へ』(玄光社)がある。東京・吉祥寺にあるブック&ギャラリー「トムズボックス」を主宰していたが、同店は2017年に惜しまれつつ閉店した。

 


本記事は『イラストレーション』No.220の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。

 

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