【対談】たむらしげるさん×土井章史さん 長年の知己である2人による「絵本の話」(第1回)

イラストレーションNo.220に掲載された、たむらしげるさんと絵本編集者・土井章史さんによる対談を、第4回に分けてお届けします。

一緒に巡った古書店の話に始まり、作家と編集者の立場からの絵本への言及、そしてお宝自慢など、この2人だからこそのエピソードが飛び出します。

第2回第3回最終回はこちら)

(連載のまとめはこちらから)

撮影:根本絵梨子

 

古書店巡りから親交が始まる

編集部(以下、編):まずはお2人がどういったかたちで知り合いになったのか教えて下さい。

土井章史(以下、土):いつからだろう。今日、持ってきた『PLAN』が1990年発行なんですけど……

たむらしげる(以下、た):その前にギャラリー関係で言うと、土井くんは来てないかもしれないけど、HBギャラリー(*1)の第1回の展示が僕なんですよ。その時はまだ知り合ってないよね?

土:そうなんですか! それは行ってないですね。

た:あの頃は今とは違う場所だったし、ギャラリーの壁も塗りたてで、ペンキの臭いもまだ残っていた。

土:HBギャラリーのオープンの頃だとすると1985年ですね。

た:土井くんは多分、青林堂(*2)の関係者から僕の連絡先を聞いたんじゃないかな。

土:そうかもしれないです。意外かも知れないですけど、HBギャラリーのオーナー唐仁原教久さん(*3)は青林堂が好きなんですよね。

た:当時、唐仁原さんは確か漫画も描いてるよね。

土:その関係から井口真吾さん(*4)もHBギャラリーで個展をやったんじゃないかと。

た:それに鴨沢祐仁さん(*5)も。もしかしたら、鈴木翁二さん(*6)とかも個展をやっているかもしれない。

土:でも、その第1回目のたむらさんの展示には行ってない。ただHBギャラリーの辺りはよくうろついてました。

た:でも、まだ僕には注目してなかったでしょ?(笑)

土:まぁ(笑)。私は最初は長新太さん(*7)と井上洋介さん(*8)ばかり追っかけてましたから。

た:あと片山健さん(*9)。それからスズキコージさん(*10)だよね。

土:そこら辺。80年代の終わり頃、絵本を作り始めてから、長さん、井上さんからどんどん広がっていって。たむらさんは『ダーナ』が印象に残っています。あれは1988年あたりだったかな?

た:もっと後だと思うよ。『ダーナ』は1993年。その前にさ、一緒に崇文荘(*11)に行ったでしょ。その時に話をしたよね。

土:だんだん思い出してきました。私も古本が好きで、たむらさんも古本を集めるのが好きだから。

た:あの当時はまだかわいいもんでね。ちらっと古本屋で見たやつ全部に感激しててね。

土:崇文荘に連れて行って貰って、その後、国立の銀杏書房(*12)にも連れて行って貰って。あそこの店には和服を着たおばあさんが姿勢よく座ってましたよね。

た:まだ当時、買い手が多かったから売れ残りってあんまりなくて、自分の眼鏡にかなった人にしか売ってくれないというか、そういう雰囲気だったよね(笑)。

土:たむらさんがその頃いいお得意さんだったから、一緒に行くとお茶を出してきてくれる。隣のドトールが出前をしてくれることもあって、「どうぞ」ってコーヒーが出てくるんですよね(笑)。銀杏書房はどちらかと言うとイギリス系の本が多かった。

た:そうだね、当時アメリカ系のものは、ほとんど入ってなかったから。今は結構入れてるみたい。あのおばあさんは数年前に亡くなっているけど。

土:いやーあのおばあさんはすごかった(笑)。「どこらへんが好きなの?」とか聞かれてなかなか答えられないでいると、今までの目録をバッとくれて「勉強しておいで」と言われた。

た:あの目録、一応タイトルは全部日本語で書いてあるんだけど、説明とかは英文なんだよね。そうすると初めて見た人間には分からない。

土:あの頃の体験が、そういう方面にハマったきっかけではありますね。

『PLAN』(トムズボックス)/たむらさんが立体作品を発表する博覧会用に作成していた設計図を土井さんが1冊の本にまとめた。原画はカラーだったが、掲載はモノクロとなっている。

 

『ダーナ』(ほるぷ出版)たむらさんと土井さんが作家と編集者として作った絵本。青の美しい世界が印象的な大人向け絵本。

 

*1 HBギャラリー…1985年にオープンした東京・表参道にあるイラストレーションギャラリー。
*2青林堂…1962年創業の出版社。かつて月刊漫画雑誌『ガロ』を出版していた。
*3唐仁原教久…1950年生まれ。1984年デザイン事務所「Happy Birthday Company」を設立。現在イラストレーター、アートディレクターとして広告、装丁を数多く手がける。
*4井口真吾…1957年生まれ。漫画家。代表作に『Zちゃん』などがある。
*5鴨沢祐仁…1952年|2008年。漫画家、イラストレーター。1975年『ガロ』にてデビュー。2018年にXIE’S CLUB BOOK~鴨沢祐仁イラスト集~』が出版された。
*6鈴木翁二…1949年生まれ。漫画家。1969年『ガロ』にてデビュー。代表作に『東京グッドバイ』『オートバイ少女』などがある。
*7長新太…19272005年。漫画家、絵本作家。『ゴムあたまポンたろう』で第4回日本絵本賞受賞。1994年には紫綬褒章を受章。そのユーモラスな作風から「ナンセンスの神様」と呼ばれた。
*8井上洋介…19312016年。絵本作家、漫画家、イラストレーターと幅広く活躍。『でんしゃえほん』で第6回日本絵本賞大賞、『ぼうし』で第3JBBY賞などを受賞。
*9片山健…1940年生まれ。絵本作家。代表作『タンゲくん』で第24回講談社出版文化賞絵本賞を受賞。
*10スズキコージ…1948年生まれ。絵本作家。『ドームがたり』で第6回JBBY賞や、第23回日本絵本大賞を受賞。
*11崇文荘崇文荘書店。昭和16年創業、東京神保町にある洋古書専門店。
*12銀杏書房昭和22年創業、東京国立にある洋古書専門店。挿画本、絵本など数多く取り扱う。

 

版画に惹きつけられる

た:覚えてるのは土井くんが和田誠さんが訳と絵を担当するスティーヴンソン(*13)の本を出すんで、何万円かする古書(スティーヴンソン文、マックスフィールド・パリッシュの詩集)を買ってたよね?その時に僕はまだビギナーだったから『ババール』(*14)やエディー・ルグラン(*15)の本を買って感激していた。でも今はそれを見てもそんなに感激しない。最近購買意欲が減退してきたなぁ。土井くんはどう?

土:私もなんというか既視感があるんですよね。当時の新鮮さというのがなくなってきている。

た:当時は何を見ても感激してたね。

土:僕も印刷っていうものが大好きで、それは本なのにリトグラフで刷ってあったり、ポショワール(*16)っていって型紙をあてて刷毛で塗るやり方、日本では合羽刷り(*17)って言うんですか? ああいうものに感激していた。『ババール』にしても当時のものはリトグラフで刷ってあるし。

た:合羽刷りは色を塗るところが空けてあって、そこに型紙を当てて色を塗っていく技法。そういう本が普通に出ている時代があった。

土:色がとてもきれいなんですよね。

た:結局、当時はそっちの方が安かったのかもしれない、カラー印刷するよりね。安かったって言っても庶民が手に出来る価格ではなかったと思うけど。それなりの手間がかかっているし。

土:今の僕らから見ると、そういう版画の手法で本を作っているということに感激していたわけです。色もきれいだし、インクはそのままベタッと乗っているわけだし。たむらさんはそれ以前から版画集を作っていたでしょ?

た:原画もまぁ嫌いではないんだけどさ、版画って妙に魅力があるよね。手で描いたものより、1段階引いた感じがするでしょ、そのクールさが好きなのかもしれないね。

土:その当時、たむらさんみたいな漫画家、イラストレーターで版画集のようなことをやっているのは、それこそほとんどいなかったんじゃないかな。

た:日本でやってたのはね、こぐま社(*18)の周辺の画家たちですよ。司修さん (*19)とか、西巻茅子さん(*20)、馬場のぼるさん(*21)たち。

土:こぐま社の本は確かにジンク版(*22)で、あれは初期のこぐま社の方法論だと思うんだけど、こぐま社の編集者はジンク版持ち歩いて作っていたって聞きました。

た:あれジンク版で刷ってたのか。

土:らしいですよ(笑)。

た:すごいね。そこまでするんだ。

土:こぐま社の本はそうやって別版で作ってる。4色分解で印刷するよりもジンク版でやったほうが当時は安い。

た:こぐま社の本ってさ、色数がすごく多いんだよね。数えると6色とか7色とか使ってる。桑沢デザイン研究所(*23)に行ってる頃ね、司さんの『へいしのなみだ』を見て重厚で感激した覚えがある。今まで見たことないような印刷物としての色の厚み。

土:当時の初版本なんかは紙もすごくよかったでしょ。今書店で買えるものはコート紙になっちゃってますけど。

た:今同じように刷ってもあんな色は出ないと思う。インクも違うんだよね。

土:『へいしのなみだ』とかも当時の初版本はすごくきれいだった。紙の手触りもごわごわしてて気持ちよかったし。

た:でも普通の読者にとってはさ、印刷なんかどうでもいいんだよね。ただ僕は一応印刷会社に4年勤めていたから、そういうものにある種の職業的な興味があったのかもしれないね。

土:僕はこぐま社の初期の本は本当に美しい本だと思うんです。でもこれと、たむらさんが函に入れて版画集を作ったのはちょっと違うと思うんですよね。あれは版画家としての作業というか。

た:あの版画集は小さいでしょ。おもちゃみたいなエッチングの小さなプレス機で作ってね。それを『ガロ』に広告を載せて貰って。タダでね(笑)。

土:まずエッチング集が出て、買ってみるとちゃんとそこに紙が入ってて「次は木口木版で作ります」と書いてあった。それを見た時に「あれ、ちょっと普通とは違うなぁ」と思ったんです。こういう感じのものが好きな人っていうのは、どこから出てきたんだろうって、気になりましたよね。

た:自分でも版画に惹かれる理由はよく分からないんだよ。さっき言った、印刷が好きなことと手描きの原画に比べて少し引いた感じがあることが大きいのかな。あと複数作ることが出来るっていうのもね、魅力ではあったよね。

たむらさんが35部限定で販売した函入りの版画集。木製の函も手作り。次に予定していた木口木版の版画集は残念ながら実現しなかった。 撮影:土井章史

*13スティーヴンソン…18501894年。イギリスの冒険小説家、詩人。代表作に『宝島』などがある。
*14『ババール』フランスの絵本作家、ジャンブリュノフによって1931年に出版されたシリーズ絵本『ぞうのババール』。日本では1974年に『おうさまババール』が出版。
*15エディー・ルグラン…18921970年。フランスのイラストレーター、画家。広告用のイラストレーションや本の挿絵、絵画などを手がけた。代表作に絵本『MACAO ET COSMAGE(マカオとコスマージュ)』など。
*16ポショワール形を切り抜いた型紙を支持体にあて、上から絵具を刷毛で乗せ、穴を通して形を描き写す技法。ステンシルと同意。
*17合羽刷り版画の技法で孔版の一種。薄い美濃紙を貼り合わせ丈夫な耐水性の渋紙や桐油紙などに図様を切り抜いて版とし、和紙などの上から絵具を塗って図様を刷り出す。
*18こぐま社…1966年創業の絵本を中心とした出版社。
*19司修…1936年生まれ。小説家、装丁家。独学で絵画を描き始め、主体美術協会の設立にも参加。宮沢賢治作品の挿絵などを数多く手がける。第26回イーハトーブ賞本賞を受賞。
*20西巻茅子…1939年生まれ。絵本作家。代表作に『わたしのワンピース』など。『えのすきなねこさん』で第18回講談社出版文化賞絵本賞を受賞。
*21馬場のぼる…1927ー2001年。漫画家、絵本作家。代表作に『11ぴきのねこ』シリーズがある。
*22ジンク版リトグラフまたは凹版画において版材として使用される亜鉛製の板。
*23桑沢デザイン研究所…1954年創立のデザイン専門学校。

第2回に続きます)

 

〈プロフィール〉

たむらしげる/1949年、東京生まれ。絵本に『ありとすいか』(ポプラ社)『かたつむりタクシー』(福音館書店)、画集に『ファンタスマゴリア』(架空社)『水晶山脈』(アノニマ・スタジオ)、漫画集に『結晶星』(青林工藝舎)などがある。『よるのおと』(偕成社)で産経児童出版文化賞大賞、映像作品「銀河の魚」で毎日映画コンクール大藤信郎賞、「クジラの跳躍」で文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞。

どいあきふみ/1957年、広島生まれ。フリーの絵本編集者として300冊以上の絵本を企画編集。若手作家の育成にも力を注いでいる。著書に『絵本をつくりたい人へ』(玄光社)がある。東京・吉祥寺にあるブック&ギャラリー「トムズボックス」を主宰していたが、同店は2017年に惜しまれつつ閉店した。

 


本記事は『イラストレーション』No.220の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。

 

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