【対談】丹地陽子さん×坂野公一さん 2人で手がけた本の話(最終回)

イラストレーションNo.217に掲載された、イラストレーターの丹地陽子さんと、グラフィックデザイナーの坂野公一さんとの対談を、全3回にわたってお届けします。

これまでになんと1,000冊以上の書籍装丁を手がけてきた坂野さんと、同じように日々膨大な仕事をこなす丹地陽子に、お互いの作品の魅力についてをざっくばらんに語っていただきました。

第1回第2回はこちら)

(連載のまとめはこちらから)

text:島田一志

 

実は白い紙恐怖症なんです

坂野 丹地さんはずっとパソコンで描かれているのですか。

丹地 ええ。ラフや下描きの段階からPhotoshopで描いてます。

坂野 学生時代からそうですか。

丹地 そうですね。私は藝大のデザイン科を出ているのですが、授業ではあまりちゃんとCGの技術を学ばなかったので、自分で試行錯誤して。ちなみに当時、デザイン科には華やかなイメージがあったんですよ。デザイナーさんを前にして言うのもなんですが(笑)。

坂野 大丈夫です(笑)。結果的にデザインでなく絵の方へ進んだというのは?

丹地 なんでですかね。中学高校の頃に好きでイラストを描いてたというのもありますけど、その頃から絵具を実際に使って描くのは得意じゃなかったですね。あと、「白い紙恐怖症」みたいなところもあって。真っ白な紙に向かうと緊張するんですよ。だから何度も描き直せるデジタルのソフトはようやく出会えた理想の道具。部屋も汚れないし(笑)。

坂野 では手描きの線をスキャンするとかじゃなくて、いきなりペンタブで描き始める感じですか。

丹地 そうですね。もういきなりガシガシと。いい時代になりましたね(笑)。

坂野 デジタルで描く絵って、ともすれば冷たいものになりがちだと思いますけど、丹地さんの絵はその逆でむしろ温かい印象を受けます。そのあたりの工夫は何かされていますか。

丹地 たとえばラノベ系のイラストだと、肌もツヤツヤで、全体的にキラキラと華やかでシャープな印象を受けるものが多いですよね。私の場合は、マットな質感やテクスチャがあるものが好きなので、デジタルでありながら、手描きの味わいを残した絵作りを目指すようにしています。最近は昔ほどテクスチャを強調した絵を描かないのですが、画面のトーンを整えたり、手軽に雰囲気を出すには大変便利なので、地味に活用しています。テクスチャは自分で作ったものが10種類くらいあるのですが、それを使い回していますね。

坂野 手描きで塗るよりも早い?

丹地 人によると思いますけど、私の場合はそうですね。作っているテクスチャの組み合わせ次第で無限のパターンが作れますし。繰り返しになりますが、手塗りだと一発勝負ですけど、デジタルだと簡単にやり直しが出来ますから(笑)。

坂野 ツールによって時間が節約出来るというのも、プロにとっては重要ですからね。

丹地 そう思います。でも結局は締切ぎりぎりまで手直ししてるので、時間の節約になってるかどうかは分かりませんけど(笑)。

 

1枚絵で物語を伝えたい

坂野 普段はどういう本を読まれていますか。

丹地 実はこんな仕事をしていてなんですが、本を読む時間があまりないというのが悩みの1つで(笑)。坂野さんはきっとたくさん読まれているんでしょうね。

坂野 もともと読書は好きな方で、多読というよりは気に入った本をゆっくり何度も読み返すタイプです。ただ、現状の仕事からすると意外に思われるかもしれませんが、実はこれまで小説はあまり読んでこなかったんですよ。丹地さんと同じで、僕も今は本を読む時間がなかなかとれないので、うちの事務所にはゲラを読むスタッフ(吉田友美さん)がいたりします(笑)。

丹地 それはすごい。まあたしかに手がけられているお仕事の量からすると、とても全部は読めませんものね。1000冊以上でしたっけ?

坂野 ええ、吉田と仕事をする前のものはちゃんと把握出来ていないので、もしかしたらもう少し乗っかるかな(笑)。ウチは特にミステリー系の本の装丁依頼が多いのですが、その手のジャンルの本は平気で800ページとか1000ページとかのものもあるでしょう(笑)。もともと本を読むのは遅い方だし、現実的にもすべて読んでいたら仕事が追いつかなくて。だから吉田にゲラを読んで貰って、どういう物語なのか、人物の相関関係やディテールなどをまとめて貰うようにしているんです。前職が編集者なので、とても的確な意見を出してくれますよ。「この内容だったらカバーには丹地さんの絵がいいんじゃないですか」みたいなことまで(笑)。

丹地 それはありがたいお話です(笑)。

坂野 丹地さんはカバーの絵で本を選んだりはしますか?

丹地 無意識のうちにはしていると思います。子どもの頃に図書室で見た江戸川乱歩のおどろおどろしい表紙の本などは、完全に絵の魅力で手に取っていましたね。あと、これは本誌の別のインタビューでも答えていることですけど、フェリックス・ヴァロットンという画家が描いたルナールの『にんじん』の挿絵もものすごく好きでした。理想を言えば絵と物語が渾然一体になったような本に惹かれます。そういう仕事を自分でも出来たらと思いますね。

坂野 ご自身で物語を描こうというところまではいきませんか。

丹地 今はあまりそういう気持ちはありませんね。むしろ1枚の絵で物語を伝えたいと思います。それと、私は完全にゼロから何かを生み出すのではなく、誰か別の方が書いた物語に合う絵を自分で考えることの方がもともと好きだし、得意なんですよ。

坂野 なるほど。デザインもまさにそうで、ある程度のしばりや決められた素材があるなかでどう試行錯誤するかという面白さがありますね。

丹地 そういう意味ではデザイナーとイラストレーターは似たところがあると思います。

坂野 ところで毎日どのくらい働いてますか。お仕事量からするとあまり寝られてないんじゃないですか。

丹地 そのお言葉はそのままそちらにお返しします(笑)。ちなみに今は普通に7時間くらいは寝られてますよ。やはりきちんと寝ていないとよい絵は描けないと思うので、徹夜はなるべくしないようにしています。

坂野 作品によって仕上がるまでの時間は違いますか。

丹地 まちまちですね。得意なものだったり、乗って描けたようなものはラフから仕上げまで1日もかからないこともあります。かかるものは何度も何度も直します。でも1週間以上はかけないようにしています。昔は仕上げまでの時間調整がうまく出来ていなかったので、たとえばさっき話に出た『ICO』の絵あたりは仕上げまでにかなり時間がかかっています。

坂野 どちらかと言えばアイデアを練る時間の方が長いのでしょうか。

丹地 ええ、むしろそちらの方に時間がかかったりしますね。出来れば私も本を読む係のスタッフを雇いたいくらい(笑)。あ、いや、でもやっぱり私は自分で読んでから絵を描きたいかな(笑)。デザイナーと違って絵描きの場合、「この読後感を絵にしたい」とか、「この場面を描きたい」という気持ちが大事だと思いますので。

坂野 これからは僕もなるべく自分で読もうと思います(笑)。そろそろお時間のようなので、最後に、これから描いてみたい絵を教えて下さい。

丹地 具体的な答えになってないかもしれませんが、今は頂いた仕事をこなすだけでいっぱいいっぱいですし、それが楽しいのでそのなかで自分の色を出していければなと思います。最近はミステリーだけでなく時代小説の挿画のお仕事を頂くことも多いのですが、坂野さんとはまだ時代物のお仕事でご一緒させて頂いたことがないので、機会があればお願いしたいですね。

坂野 ああ、いいですね、時代小説! どうせだったらこれまで誰も見たことのないような時代小説の装丁を作りましょう。

丹地 ええ、ぜひ。お願いします。

 

たんじようこ/イラストレーター。東京藝術大学デザイン科卒業。主な仕事に『黒猫の遊歩あるいは美学講義』(森晶麿著/早川書房)、『燦〈1〉風の刃』(あさのあつこ著/文藝春秋)、『闇の左手』(アーシュラ・K・グィン著、小尾芙佐訳/早川書房)などの表紙イラストレーションがある。2016年には西荻窪のギャラリー「URESICA」にて個展を開催した。

さかのこういち/welle design代表。グラフィックデザイナー。兵庫県出身。神戸芸術工科大学卒業。SONY株式会社、杉浦康平プラスアイズ勤務を経て、2003年に独立し、welle designを設立。

 


本記事は『イラストレーション』No.217の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。

 

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