イラストレーションNo.217に掲載された、イラストレーターの丹地陽子さんと、グラフィックデザイナーの坂野公一さんとの対談を、全3回にわたってお届けします。
これまでになんと1,000冊以上の書籍装丁を手がけてきた坂野さんと、同じように日々膨大な仕事をこなす丹地陽子に、お互いの作品の魅力についてをざっくばらんに語っていただきました。
text:島田一志
(連載のまとめはこちらから)
丹地 私が最初に坂野さんがデザインされた本を拝見したのは、mixi(*1)のブックデザインのコミュニティでした。ひと目見て素敵だなあと思いました。持ちこみなどは当時ほとんどしていなかったのですが、その頃はちょっとやる気が芽生えていた時期で(笑)。この方にぜひ私の絵を見て欲しいと思い、頑張って連絡させて頂いたんです。
*1…株式会社ミクシィが運営するSNS。すでに入会している会員からの招待を受けないと参加出来ないシステムを採用し、2004年からサービスを開始した。
坂野 光栄にも最初はポートフォリオを送って頂きましたね。自然体でさらさらと描いているように見えて、空気がぴんと張ったような独自の計算された世界観が作られていて、心をつかまれました。上手な人っているんだなと。僕の方もひと目見ていつか仕事をお願いしたいと思いましたよ。今考えてもすごいと思うのは、その頃からすでにもう丹地さんならではの絵柄というものが確立されていたことですね。
丹地 よくも悪くもあまり絵柄は変わっていませんね(笑)。今よりちょっと彩度が低かったかもしれませんが。
坂野 1番最初にお願いしたのが『Macをたのしむガイド。』(TAXAN)というガイドブック。本格的なマニュアル本でなく、広い方々に向けて「パソコンを使ってみたい」と思って貰いたいというコンセプトのガイドブックだったので、丹地さんの絵が持っている温かい雰囲気が適していると考えたんですよ。
丹地 あのガイドブックでは、表紙だけでなく本文中のイラストもかなり描かせて頂きましたね。
坂野 ええ。丹地さんならいろいろなタイプの絵が描けるんじゃないかと思ったんです。なかには決まった角度の絵しか得意ではないイラストレーターもいるのですが、それまでいくつか作品を拝見させて頂いていたので、丹地さんがいろいろなパターンに対応出来るというのは分かっていましたから。
丹地 ありがとうございます。実は当時すでに『MdN』(*2)さんでカットの仕事をさせて頂いていたので、マニュアル的なガイドブックにつけるイラストは慣れていたんですよ。今の私の仕事をご覧になられている方には違和感があるかもしれませんが、その手の絵はむしろ得意ジャンルの1つだったりします。起業家の方が出された本の装画なども描いていましたし、併行してホームページの仕事もかなりやっていましたので。『Macをたのしむガイド。』については、坂野さんからはあまり細かい指示はなかったように記憶しています。
*2…株式会社エムディエヌコーポレーションが発行するデザインとグラフィックの総合情報誌。
坂野 最初に簡単なラフというかイメージを伝えただけで、基本お任せだったんじゃないかな。こちらとしてもこの仕事については苦労した記憶がまったくありませんね。ただ、約10年前の話ですからね。世のなかの人は丹地さんのこの仕事はほとんど知らないはず。今回の特集のスクープかも知れませんよ(笑)。
イラストはあくまで素材の1つ
坂野 今日はうちの仕事場にいらっしゃるということで、これまで丹地さんとお仕事させて頂いた書籍を数えてみたんですよ。覚えてないものもあるかもしれないけど、少なくとも17冊はありました。今ここに並べているのがそうですが。
丹地 結構ありますね。私としてはものすごく多い数に思えるのですが、坂野さんが日々こなされているお仕事の数からすると微々たるものですね(笑)。
坂野 いや、多いですよ(笑)。少なくとも、1度組んでみてうまくいかなかったイラストレーターには何度もお仕事を依頼しませんから。このなかで印象に残っている本はありますか?
丹地 全部印象に残ってますけど、1つ挙げるとすれば、辻村深月さんの『名前探しの放課後』(講談社)でしょうか。
坂野 ああ、これは僕も気に入っている本です。辻村さんはご自身でも本の装丁のイメージを考えられる方なんですけど、この本の表紙については僕が描いたラフが基になっています。「同じ場所にいるのに次元が違って出会えない2人」というのをヴィジュアル的に表現したくて。上巻と下巻を合わせるかたちでそれをうまく表現出来た気がします。
丹地 たしか帯に線画のイラストを入れようというのも坂野さんのアイデアでしたね。さりげないカットなんですけど、そちらの絵も気に入っています。坂野さんは割と事前にラフを描かれる方ですよね。
坂野 描きますけど、イラストレーターの領域に踏みこむつもりはまったくありません。先にこちらの意図やイメージを絵で伝えておいた方が、実際に装画を描いて頂いた後でこれは違うと言うよりはいいかなと。イラストレーターの方でも僕のラフを見た段階で違うと思えば、そこで話し合って新しいものを決められるでしょう。
丹地 そうですね。たまに描きにくいラフを出してくるデザイナーさんもいるのですが、坂野さんが描かれるラフについてはまったく抵抗を感じません。
坂野 そう言って頂けるとうれしいです。繰り返しますけど、完全にこの通りに描いて欲しいという意図で出しているんじゃないんですよ。僕のラフを超えてくれる絵を描いて頂けたら単純にうれしいですから。丹地さんの絵がまさにそれなんですけど。
丹地 本当ですか。ありがとうございます。あと、坂野さんとの事前の打ち合わせでいいなと感じたのは、宮部みゆきさんの『ICO イコ|霧の城|』(講談社)の時ですね。書店で並べて面陳された時に上巻に描かれているキャラクターと下巻で描かれているキャラクターが手をつないでいるような1枚絵にしようと。そういう発想って面白いと思うんですけど、イラストレーター側からはなかなか発案しにくいんですよ。なんとなくデザイナーさんに冷たく「ノー」って言われそうで(笑)。
坂野 そんなことはないと思いますよ(笑)。ちなみにこの時は、ファンタジックな世界観と重厚な感じが欲しかったので、すぐに丹地さんのことが頭に浮かびましたね。
丹地 帯の空白部分もかなり思い切ったデザインで素敵ですよね。
坂野 普通は帯には出来るだけアオリや情報を詰めこむように言われるんですけど、この本についてはすんなりこういうことが出来ましたね。文庫本は基本的にフォーマットが決まっているので、そのなかでどれくらい遊べるかが勝負みたいなところがあります。そういう意味でもイラストレーターを誰にするかがかなり重要な問題になってきますね。それですべてが決まると言ってもいいくらいですよ。
丹地 フォーマットが決まったお仕事では特にそうですが、イラストレーターとしては、個性を出しつつあまり自分を主張しすぎないようにする必要もあります。つまり、イラストはあくまでも素材の1つで、タイトルなどの文字のデザインが入った上で完成品なんだということを忘れないようにしています。その点、坂野さんのトリミングや文字の乗せ方は本当にすばらしくて、自分の描いた絵がより活かされてるなと思う時がありますよ。心から信頼しています。
(第2回に続きます)
〈プロフィール〉
たんじようこ/イラストレーター。東京藝術大学デザイン科卒業。主な仕事に『黒猫の遊歩あるいは美学講義』(森晶麿著/早川書房)、『燦〈1〉風の刃』(あさのあつこ著/文藝春秋)、『闇の左手』(アーシュラ・K・グィン著、小尾芙佐訳/早川書房)などの表紙イラストレーションがある。2016年には西荻窪のギャラリー「URESICA」にて個展を開催した。
さかのこういち/welle design代表。グラフィックデザイナー。兵庫県出身。神戸芸術工科大学卒業。SONY株式会社、杉浦康平プラスアイズ勤務を経て、2003年に独立し、welle designを設立。
本記事は『イラストレーション』No.217の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。
丹地陽子さんを40ページにわたって大特集した、イラストレーションNo.217はこちらからご購入いただけます。
作品紹介では、森晶麿さんの『黒猫シリーズ』やあさのあつこさんの『燦』の表紙原画を含む30点以上の原画を収録!