『イラストレーション』No.217での連載スイッチ・インタビューの中から、イラストレーター福田利之さんと、「十布」ディレクター滝口聡司さんの対談を掲載します。
イラストレーションの仕事を発注する関係者に、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員が自らインタビュー。今回はイラストレーターの福田利之さんが、自身の手がけるテキスタイルブランド「十布」のディレクターである滝口聡司さんを取材します。紙から布へとステージを移し、次々と新しいプロダクトを生み出すチームの貴重な舞台裏をのぞきます。
協力:東京イラストレーターズ・ソサエティ
撮影:佐々木孝憲 撮影(十布商品):鍵岡龍門
(後編はこちら)
十布が生まれた時のこと
福田:まずは、十布を始めた時のことをお話していきましょうか。もともと友人だった滝口さんの本業は建築設計だけど、同時に文具ブランド「水縞」(*1)のディレクターだったこともあったりと、本業と別の方面でもお仕事されている方でした。僕も本職はイラストレーターだけど、テキスタイルにも興味があって、テキスタイルメーカーの「KOKKA」(*2)にデザインを提供して生地を作ったりもしていました。
*1 水縞…水玉好きのプロダクトデザイナー・植木明日子さんと、縞々好きの文房具店「36 Sublo」店主・村上幸さんによるビターテイストの文房具ブランド。
*2 KOKKA…1948年設立の総合テキスタイルメーカー。ファッションテキスタイル、キャラクターファブリックなど、プリント生地を中心にオリジナル商品を企画・開発・販売。
滝口:そう、ちょうど水縞を離れて、「次、何かやりたいな。福田さんと何か一緒に出来たらいいな」という時にお話する機会があって。福田さんが「それなら布だ!」って。
福田:イラストレーションは紙媒体の雑誌や広告に使われたり、ある程度パターンが決まってるじゃないですか。テキスタイルの場合は、作った布をいろんなプロダクトにアレンジして使うことが出来る。「生活のなかに根付くものを作りたい、自分の手を離れて形が変化していくものを作りたい」、そんな話を滝口さんにしました。
滝口:僕も次のステップのことを考えていたので、非常にいいタイミングでした。布に関しては素人だったんですけどね。
福田:いや、僕も素人でしたよ(笑)。やろうとは言ってみたものの、お互いほかにもいろんな仕事をしていましたし、「商品を1回だけ出して終わる可能性もあるな」と考えていました。でも滝口さんはこのプロジェクトのために「テクトコ」(*3)という会社まで立ち上げて、「これはもう、本気だな」と思って。
*3 テクトコ…さまざまなプロダクトブランドの企画・運営を目的に2013年設立。同年に「十布」の活動をスタートさせる。
滝口:福田さんに「初めは何を作りましょう?」って聞いたら、すぐ「ガーゼ」って答えましたよね。
福田:なんでガーゼかっていうと、生活のなかで使われやすいもので、性質的にも用途的にもやさしいイメージがあって、そこに自分の絵があったら広がるだろうな、ということでお願いしたんです。
滝口:それで作ったのが「tenp01:正方形のダブルガーゼ」という最初のシリーズ。十布の商品には、発売順に01から番号をシリーズ名として付けているんです。ガーゼのシリーズは十布でも売れ筋の定番商品です。
福田:これまでにいろんなプロダクトを作りましたが、滝口さんのなかで特に印象的だったアイテムはありますか?
滝口:「tenp02:福島の刺子織」シリーズですね。「01」の製作が終わって、雑貨を取り扱うお店に行った時に刺子織で作られた商品が並んでいて、それを見た福田さんが「これを作りたい」と。刺子織がいいなと思うところは、福田さんの絵を知っている人が「これも福田さんのデザインなの!?」と驚いてくれるところ。十布は福田さんが長年やってきた描き方を飛び越えるようなきっかけになるんじゃないか、って予感がしました。紙と布との違いは、布には〝制約〟がより出て来るということです。刺子織では技術的にも決まったグリッドで作るしかないなかで、新しいクリエイティビティを発揮して貰えました。そうした制約を解釈して「こういう風に絵にして下さい」と福田さんに伝えるのが僕の仕事かな、と考えています。
福田:十布で絵を描く時は、普段のイラストレーションの仕事とは違う動きがあって面白いです。イラストレーターはどっちかというと、マゾヒスティックな体質があると思っているので、ある程度そうした制約があった方が力を発揮するし、楽しめるのかも。変化を楽しまないと継続していけない。1つのテイストのイラストレーションをずっと続けていく人もいるけど、僕はどっちかと言うと自分自身に飽きずにいられるように、いろんなことをやっていくスタンスです。
滝口:制約はどうしても出て来てしまいますが、やりたいことを100%では出来ないからこそ、新たな発想が出て来るのかもしれないですね。建築に近いですよ。予算も敷地もいくらでも使ってよくて、何を建ててもいいと言われたら、建築家は困ってしまいます。僕の仕事は、クライアントからの要望・要件などを整理してデザインを提案することですが、福田さんにもいろいろな制約を活かして取り組んで貰いたいと思っているのかもしれませんね。
建築家の目線でサポート
福田:そもそも、建築以外のこともやりたいと思ったのはどうしてですか?
滝口:福田さんがテキスタイルに惹かれた理由に似ているかもしれません。生活と関わる何かを生業にしたかったんです。なので、建築での仕事と十布での仕事、自分のなかでは間に線を引いていません。建築もいかに生活の営みをサポートするか、というところがあります。建物と布製品では大きさの違いこそありますが、そのサポートの点では境界がなくて。ただ、建築家の仕事って建築家が作るように見えて、実際は大工さんに作って貰うじゃないですか。実は裏方作業なんですよね。十布も、福田さんのなかのイメージをどうやったら予算内で具現化出来るかっていう、そんな頭の使い方も建築の仕事と共通しています。
福田:製作費がこれくらいかかったらこの値段になるとか、トータルで見れるのが建築家の目線ですよね。僕は絵しか描けないから、1カ所しか見ていなくて。滝口さんは周りの背景まで計算して商品にしてくれるので、僕に足りないところを補ってくれていますね。
滝口:作家さんってそこまで出来なくてもいいと思っていて、いいものを作るっていうことと売れるものを作るっていうのはなかなか同じベクトルにはないと思うんです。まずいいものを作って、それを売れるものに変えるっていう風にしないと。やはり福田さんがほかのことを気にせず集中して描けるようにサポートしたい。作家って譲れないメンタリティーがあるじゃないですか。その大切な部分は削らず、どこが譲れるかを考えていく仕事ですね。
福田:売り上げありきじゃなくて、まずどういうものを作りたいか、ですね。でも、きびしい時はきちんときびしいって言われるし。僕は割とやりたいことを言うだけなので、もう無防備に全部投げちゃってます。イラストレーションの仕事ってクライアントをまず優先、というところがありますが、こうしてやりたいことを滝口さんに直接伝えて、何が出来るか出来ないかマンツーマンで話しながら自分のプロダクトが作れるので、非常に勉強になります。
滝口:福田さんの絵をこんなに使えるなんて、とても贅沢な立場です。でも売れるものは売れるし、売れないものは売れないので、描いて貰うだけではいけません。商品が市場に流通しないと継続できないですからね。
福田:そこを認識しながら利用者に選ばれるものを考えて絵を描くということは、普段のイラストレーションの仕事にも還元されています。
(後編に続きます)
〈プロフィール〉
ふくだとしゆき/イラストレーター。1967年大阪府生まれ。CDジャケットや装画、エディトリアル、絵本、雑貨制作、オリジナルテキスタイルブランド「十布」も手がける。主な著書に『福田利之作品集』、『福田利之といくフィンランド─仕事すること 遊ぶこと─』(小社)、『ふたり』(甲斐みのり作/ミルブックス)、『ぼくはうさぎ』(山下哲作/あかね書房)など。
たきぐちさとし/建築家。1973年東京都生まれ。設計事務所「有限会社アパートメント」代表取締役。「十布」ディレクター。
本記事は『イラストレーション』No.217の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。
今回の対談も掲載している『イラストレーション』No.217。巻頭特集では、数多くの装画を手がける丹地陽子さんを紹介しています。
『イラストレーション』No.225は、福田利之さんを70ページにわたって特集しています。KIRINJI・堀込高樹さん、グラフィックデザイナー・大島依提亜さんとの鼎談も。
『福田利之作品集』は、福田さんにとって初めての本格的な作品集です。
『福田利之作品集2』は、函入りの贅沢な仕上がり。