世界が注目するウクライナのアートスタジオ「Agrafka」の絵本作り(第1回)

ウクライナを拠点に活動するアートユニット「Agrafka(ロマナ・ロマニーシン&アンドリー・レシヴ)」はブラチスラバ世界絵本原画展(以下BIB)金牌やボローニャ・ラガッツィ賞を受賞するなど、世界から注目を集めています。彼らが制作した多種多様な絵本のうち2冊は、2019年に日本でも翻訳刊行されました。伝えたい事柄によって自由自在に表現が変化する、魅力溢れる絵本はどのように作られているのでしょうか?

本誌で紹介しきれなかったインタビューの完全版を全3回にわたって掲載します。

取材:広松由希子
協力:田中優子 河出書房新社

* この記事は『IllustrationNo.227に掲載された「Artist in the WorldNumber 11 ウクライナ|ロマナ・ロマニーシン&アンドリー・レシヴ(Agrafka)」インタビューの完全版です。

(連載のまとめはこちらから)

(上)『目で見てかんじて:世界がみえてくる絵本』
(下)『うるさく、しずかに、ひそひそと:音がきこえてくる絵本』
広松由希子訳(河出書房新社)2019年/装丁:永松大剛

聴覚と視覚をテーマにした「対」のような2冊で、原版ではデザインもAgrafkaの2人が手がける。邦訳版はウクライナ語の原版よりも判型はやや小さいものの、よりよく伝えるために腐心された絵やデザイン、印刷を見事再現した。2017年BIB金牌、2018年ボローニャ・ラガッツィ賞ノンフィクション部門最優秀賞受賞。

* 以下、邦訳出版されていない書名は『ウクライナ語書名(日本語訳)』と表記します。

 

Agrafkaの歩み

―2人の出会いと、Agrafka結成の経緯を教えて下さい。

 出会いは1999年7月。リヴィウの美術学校の入試の時で、アンドリーが15歳、ロマナは14歳でした。実はそれ以来ずっと一緒なんです。2003年美術学校を卒業すると2人共リヴィウ国立美術大学に入学し、1年目にブックデザイナーとしての仕事をスタートしました。共通の友人が出版社で編集者として働いていて、自然な成り行きでブックデザインをやらないかと声をかけられたんです。ロマナはガラス工芸、アンドリーは修復保存を学んでいましたが、グラフィックデザインにも興味があったのでやってみることにしました。初めはカバーデザインだけでしたが、のちにイラストレーション、レイアウト、タイポグラフィもひっくるめて、本全体のデザインをするようになります。そうして在学中の6年間に膨大なポートフォリオが出来たので、2009年の卒業時にこの仕事を続けることを決めました。それがAgrafka結成の年です。最初は手刷りや異なる素材を組み合わせた限定版のアートブックを作りたくて、メディアで実験しながら仕事をしていましたが、クラクフとワルシャワの芸術院のブックデザイン学科でインターンを終えた後、フランクフルトやボローニャのブックフェアに行き、まったく新しい種類のそれまで目にしたことがなかった絵本を発見しました。そして、これは自分たちにぴったりの方法だと、イラストレーションによる出版企画を続けようと決めたんです。

 

―ガラス工芸と保存修復から絵本の世界に飛びこんだわけですが、絵本を3Dの「もの」という意識で捉えていますか?

 アーティストとして、絵本をオブジェ、3Dアートと捉えていますね。紙の本はほとんどの感覚を用いるものです。視覚、触覚、嗅覚(印刷したての本の匂いとか)に聴覚(ページをめくったり、紙を折ったり)……だから、私たちにとって、絵本はテキストとイラストレーションだけではなく、素材も重要。触り心地がよく、環境に優しい素材、いい色で安心して触れて、交感出来るものが好き。オブジェとしての本は特別で、独自の触覚の魔法がありますよね。電子機器などが持ち得ない魅力。だから、その特色を最大限に引き出したいと努めています。

 

―役割分担はあるのですか。

 2人で組んだ頃からお互いが責任を持つ範囲を決めています。ロマナはイラストレーションとデザインを、アンドリーはレイアウトとプリプレス(印刷以前の企画・デザイン・写植・版下・製版などの工程)担当。文章は一緒に作ります。共有ファイルで修正し、削除し、変更し、繰り返し音読し、満足するまで「磨く」んです。ロマナは感情的、アンドリーが理性的で、この共生関係がとても気に入っています。

 

―早い段階で「絵本」に焦点を当てていたのでしょうか?

 当時はただほかの作家の文に絵を描くイラストレーターでした。その多くは詩で、フィクションやノンフィクションもありました。初めての子どものための絵本は、ウクライナ民話の『てぶくろ』です。2011年に制作し、その秋のブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)で出版社賞……大きな国際賞の初受賞で、うそみたいにうれしかった! 初めての子どもの本で、どのように絵本にデザインを生かせるか探った初の試みでもありました。以来、子どもと大人の両方に向けて、絵本を創り続けています。

『Рукавичка(てぶくろ)』(Navchalna Knyha – Bohdan)2011年
日本でもよく知られるウクライナ民話を彼ら流に捉え直した絵本。ふかふかのケース付き。

 

―『てぶくろ』以降のお仕事について聞かせて下さい。

 『てぶくろ』での創造的なプロセスが気に入り、自分たちの絵本を作ってみたいと夢見るようになりました。イラストレーターではなく、絵本まるごとの作者として。正直文章は未知の分野で準備不足だったし、ほかの作家から批判されることも恐れていました。本はたくさん読んでいたし、詩を書いたこともあったけれど、子どものための文章はまた別ものだから。でも、ほかの国のイラストレーターの友人たちはすでに作家としても活動していて、彼らの絵本も好きだったので、思い切って初の創作絵本『星とけしつぶ』を作ったんです。絵本にも自分たちらしい文の「味」を生かすのが一番だと思い、より詩的に、いつものような方法で、文と絵を1つにまとめ上げました。この本は地上のもの、天上のもの、すべて数えたい女の子フローラ(数学に特別な才能を発揮する、多くの自閉症の子どもたちを暗示)のお話。彼女は星の数が数えるのが難しくて取り乱すのですが、母親から目的に近付くための助言を受けるんです。「本気でやれば、何でも出来るのよ。どんなに難しい仕事も、初めの一歩から。一歩ずつやれば、最大の夢も叶えられるの」。この小さな積み重ねの哲学は私たちにとっても大切で、この台詞は人生のモットーでもあります。この本で2014年、デビュー作(絵と文)が対象のオペラ・プリマ部門で初めてボローニャ・ラガッツィ賞を受賞しました。その後この本は10カ国以上で翻訳され、2019年にロンドンの出版社Tateから英語版も出版されています。この成功は夢を追い、絵本を創作し続けていいんだという、意味深いメッセージとなりました。

『Зірки і макові зернята(星とけしつぶ)』
(The Old Lion Publishing House)2014年
偉大な2人の数学者の娘、風変わりな女の子ドーラは数えることが大好きで、世界中のあらゆるものを数える夢があった。ボローニャラガッツィ賞オペラプリマ部門受賞。

 

―Agrafkaの作品のイメージとテキストの関係に惹かれます。2018〜2019年に日本を巡回したBIB展の図録で「絵本で最も大切なもの」という問いに、「文字言語と視覚言語のバランスや関係に対する理解」と答えていましたね。絵本の制作過程において、両言語をどのように捉えているか、もう少し伺えますか?

 絵本は、読者に2つの声で語りかけるメディアと考えています。言葉の声と視覚的な声。これら2つの声、あるいは2つの「絵本言語」は私たちにとって同等に重要です。言葉と視覚の概念は、脳の異なる部分で処理されるので、より広い包括的な知識を受け取ることができるんです。だから、私たちは物語を構築するとき、語句とイメージに等分に語らせます。例えば、『目で見てかんじて』と『うるさく、しずかに、ひそひそと』の2冊のテキストの場合、大きな文字のメインの文は、本全体にとってより一般的で、1つにつながり、視覚や音についての物語を伝えています。もちろん、その文は各イラストレーションや見開きページとも結び付いています。一方、各ページの小さい文のブロックは、内容であり、デザインの一部であると考えていますが、メインの文章と同じくらい重要なんです。メインの文は、各見開きで語っていることのヒントを読者に伝え、小さいブロックは情報を解き明かしていくのです。

『うるさく、しずかに、ひそひそと』ウクライナ語版
左ページ下部にあるのが大きな文字のメインの文章、上部が小さい文字のブロック。邦訳版でぜひ確認して欲しい。

 

―あなたたちの深くて広いインスピレーションは、どこからやってくるのでしょうか?

 まわりのもの、ほとんどすべてがインスピレーションになり得ますね。例えば、古典や新刊の本や文章、自然の風景や都市、現代舞踊や舞台美術、製品デザイン、考古学博物館や現代美術館、天文学と物理学、現代技術と科学の発見……これらすべての情報のモザイクが私たちの仕事の燃料になります。

 

―子どものための絵本を作る時、読者に特に配慮することはありますか?

 私たちは、よく子どもとしての自分たち自身に向けて絵本を創造すると言っていました。幼い頃にどんな本が面白かったか、子ども時代に手に入れられなかったのはどんな本か思い出そうとします。もちろん新しい本に着手する時は、対象となる年齢層を念頭に置きます。『数』や同じシリーズの『色』の絵本は、2〜3歳の子ども向けで、『うるさく、しずかに、ひそひそと』や『目で見てかんじて』は小学校低学年くらい向けを意識していました。でも、時々実験的にこれらの境界線をぼやけさせるのが好きです。

『Лічилка(数)』 
(Navchalna Knyha – Bohdan)2012年/文:Natalia Zabila
「数」をテーマにしたボードブック。

 

第2回に続きます)

 

<プロフィール>

ロマナ・ロマニーシン&アンドリー・レシヴ(Agrafka)

写真向かって右がロマナ、左がアンドリー。共に1984年ウクライナ生まれ、リヴィウ国立美術大学卒業。ウクライナのリヴィウを拠点に、絵本を中心に活動するアーティスト。アート・スタジオAgrafka主宰。2011年BIB出版社賞、2017年『うるさく、しずかに、ひそひそと』BIB金牌、2018年前述の絵本とその姉妹作『目で見てかんじて』でボローニャ・ラガッツィ賞ノンフィクション部門最優秀賞受賞。日々、本と絵画とコーヒーで満たされたスタジオで制作している。彼らのことをもっと知りたい方は、ぜひウェブサイトへ(https://agrafkastudio.com)。

 


本記事は『イラストレーション』No.227の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。

 

『目で見てかんじて:世界がみえてくる絵本』(河出書房新社)

『うるさく、しずかに、ひそひそと:音がきこえてくる絵本』(河出書房新社)

 

本インタビューも掲載されている『イラストレーション』No.227。巻頭特集「人を描く」では、雪下まゆさんをはじめ、いま注目の6名のイラストレーター、アーティストを紹介しています。


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