『イラストレーション』No.221の特集より、共に漫画家・イラストレーターの江口寿史さんとサヌキナオヤさんによる対談を全3回にわたって掲載します。
キャリアは異なる2人ですが、絵や音楽、漫画など共通項も多いことが対談をとおして、徐々に判明。終始、和やかな対談となりました。
文:柿本康治 撮影:水島大介
協力:クワランカ・カフェ
(連載のまとめはこちらから)
トレースに対する考え方
サヌキナオヤ:トミネと仕事をしているデザイナーさんから、彼の絵のデータを参考に見せて頂いたことがあるんですが、彼はIllustratorで色を塗っていました。手間をかけてパスで領域を塗りつぶしているようで、だから色数が少なかったりするんだと思います。やはり彼はデザイナー寄りの考えを持っているようですね。1枚の絵を渡すというより、デザインとしてほぼ完成させたものを提出しているみたいです。
江口寿史:なるほどね。だから、引く線もしっかりデザインしてるんだろうな。
サ:江口さんはペンタブを使っていますか?
江:ペンタブ使ってるよ。でも、Photoshopのバージョンが相当古くて、そろそろ限界。
サ:レイヤーとか苦労しませんか?
江:レイヤーは多くて3つくらいしか使わないから、大丈夫。
サ:えっ!? 3つだけ……。僕平気で500くらいになりますよ……。
江:1枚のレイヤーの中でコピペして調整してる。やり方は人それぞれだよね。
サ:僕みたいに時間がかかる絵で食っていくのは難しいんですけど、アシスタントを雇ってもお願いしにくい絵柄なのが悩みです。
江:かえって手間がかかるからね。おれもここまでずっと1人だったから、今さらお願い出来ないな。自分が何人かいればラクなのになって思う。
サ:そう思います。
江:おれ、人の手伝いはすごく早いんだよ(笑)。山上たつひこさんの「中春こまわり君」(*16)でアシスタントをした時に「おれ、すげー出来るアシだな」って思ったもん。早くてきれいで正確。人の原稿だからその人の望む通りのことをやればいいから悩まなくていい(笑)。
(*16)中春こまわり君…漫画家を休業し小説家として活動していた山上たつひこさんが2004年に漫画家復帰を果たし『ビッグコミック』で発表した、大人になった「がきデカ」こまわり君の物語。復帰にあたり山上さんを敬愛する江口さん、田村信さん、和泉晴紀さんの3名がアシスタントをかって出た。
サ:僕も漫画家のアシスタントを少ししていたことがあって、その時にトレースの技術のすごさを学びました。
江:トレースってセンスと技術の差がすごく出る作業で、人によって全然出来が違うんだよね。
サ:トレースは自分の絵の画面構成にとって大きな要素で、世に言われるようなトレースする罪悪感はありません。江口さんはどうですか?
江:おれは昔はあったけど、今はないな。撮影した写真をトレースして下描きを作ることも多い。日本はトレースに対する理解が浅くて、ずるいって言われることもある。その工程にも手間がかかってるのにね。資料となる写真をどう切り取って使うかも肝だし。
サ:ハリウッド映画のCGメイキングで、グリーンバックの前で俳優が演技して、合成で背景が足されていくシーンがあるじゃないですか。自分の作業工程はあれにとても似ているなと思います。実写で撮った背景を加工して置いていって、映画の世界を作りこんでいく。ほかの人の絵を見る時も「何を描くか」ではなくて「どう描くか」というところを見ています。例えば、「この撮影監督の撮る影の濃い感じが好きだなー」みたいに。
江:まさにさっき言った「描く」というより「作る」という言葉がぴったりだよね。
それぞれにとってのフェティシズム
サ:僕の絵は線も完全にデジタルなんです。ただ、線の入りと抜きを適度に作ることで「線はアナログかな?」と絵を見る人に感じさせようと心がけています。
江:下描きからすべてペンタブなの?
サ:場合によりますね。人物はシャープペンシルで下描きすることもあります。下描きの前にも下準備が結構あって、時間をかけるのが資料探し。例えばテレビを描く時、海外のブランドのテレビの画像をインターネット上でたくさん集めて、パソコンにまとめておきます。資料集めは下描きの一部のような大切な工程ですね。
江:うん、資料が集まったらようやく安心して描ける。
サ:江口さん、資料なしで女性を描くこともありますよね?
江:だって日常的に女の人はよく観察してるから。でも、仕事の絵は知り合いに頼んでポーズを取って貰うことも多々あるよ。その方が早いし。
サ:今はiPhoneがあるので、日常生活で気になったものがあれば撮影して資料として残すようにしています。
江:もはや、iPhoneも絵の道具の1つだよね。
サ:今は漫画のネームを入れて、電車移動中にも見て考えたりもしますね。
江:iPhoneやiPadの画面上で描画アプリでスラスラ描ける人もいるけど、あれはなかなか出来ないなぁ。サヌキさんは、ほかに自分なりの資料の集め方とかある?
サ:今はGoogle Earthで世界中をロケハンしています。今度連載する漫画ですが、舞台のモチーフとなる街がカナダにあって、そこをデジタル上で歩き回ってスクリーンショットを撮りためています。本物が元にないとどうしても出ないリアリティは確実にあるので。
江:Google Earthでロケハン! その使い方は気付かなかったなぁ(笑)!おれは絵にリアリティを持たせたいというよりも、自分のフェティシズムを出したいという感じかな。女の子のふとした仕草や、デニムの色落ちとかにもすごく官能を感じる。自分が気持ちよくなるために、それを描きたい。サヌキさんは街の風情に官能を感じるのかもね。俺も風景描きたいんだけどなー。オファーがないんだよな(笑)。
サ:Iyricalschoolの「WORLD’S END」のジャケットの背景の建物とか、最高でした。
江:ああいうのちょいちょい入れていこうと思っているんだよね。おれは東京の古い建物がすごく好きなんだけど、どんどんなくなっていくから写真で残してる。そういうのを自分の絵に入れていきたいなと思ってて。次に描く漫画は風景もお楽しみ、ということで(笑)。サヌキさんはほかにどういう作業が好き?
サ:直線を描くのが好きですね。
江:定規で引くの?
サ:そうですね。shiftキーを押して引きます。資料となる写真は真正面からの視点ではないことが多いので、画面上のモチーフの角度をすべて揃えて、1枚の絵として完成させるのが快感だったりします。それと線に関しては、Photoshopの消しゴムツールを使って、描いた線を彫刻のように削りながらニュアンスを出しています。
江:めちゃくちゃ根気がいるけど、その作業が楽しいんでしょ?
サ:楽しいですね。それこそ、先ほど江口さんが話された自分のフェティシズムが表れているんだと思います。
イラストレーターとして求められるもの
江:風景を描くのが好きなんだけど、例えば大学のキャンパスを背景にしっかり描いて見せようとすると、その前にいる人物が小さくなるじゃない? でも、クライアントがおれに求めてるのはそうじゃなくて、女の子を大きく描くことなんだよね。かわいい女の子を描くということに執着してきたから、しょうがないけど。
サ:今は風景を描きたいんですね。
江:だけど求められる絵とのギャップがある。イラストレーションを描き始めた頃は、女の子の後ろ姿を描いたりしたけど、今それをやると「顔を描いて下さい」って言われるからね。ありがたいことだけどさ。ジレンマもあるよね。
サ:僕は顔を描くのは苦手なので、羡ましいです。自分の絵はメインディッシュがないというか、人物に見所がしっかりある絵がなかなか描けないから。
江:おれは風景を描きたいから、お互いないものねだりだね。サヌキさんがごはんとみそ汁を描いてもOKだけど、おれだと許されない(笑)。
サ:漫画を描く時は表情を描かざるを得ないので、そこは挑戦ですね。漫画家の辰巳ヨシヒロさん(*17)が描く、あの飄々とした表情とどこか上品な描線が昔からの理想です。そういえば、たまに似顔絵を頼まれることがあるんですけど、得意じゃなくて時間がかかってしまい……。まず、顔のどこを見ればいいですか?
(*17)辰巳ヨシヒロ…1935年-2015年。漫画家。劇画の生みの親としても知られる。代表作に『劇画漂流』など。同作は、第13回手塚治虫文化賞大賞を受賞。
江:似顔絵を描く時は、その人に一番似る表情を選ぶかな。この人はこの顔だよね、というのを探す。知り合いの似顔絵なら人となりが掴めるけど、芸能人は難しい。自分の絵にはなっても、その人自身にはならなかったり。
サ:一番見るのは、顔のどのあたりですか?
江:口元とか、笑い方かな。描くのが好きなのは髪の毛なんだけどね。髪の流れがうまく描けると気持ちいい。
サ:髪を描くのって難しいですよね。自分のなかにバリエーションがあまりなくて。
江:サヌキくんは来年は漫画を描くから、「人と向き合う」というのが大きな課題だね(笑)。人物に演技をさせるし、風景も描くし、台詞も書くし。漫画を描くのは大変な仕事だよ。でも、漫画ってイラストレーションとは違うから、あんまり絵がいいと漫画として読みにくくなる時もある。
2人とも自分の絵が好き
サ:トミネの漫画は読みましたか?
江:絵は見てるけど、漫画としてはちゃんと読んでなくて。面白い?
サ:すごく面白いので、ぜひ読んで下さい。特に『Killing and Dying』という作品がオススメです。漫画家のクリス・ウェア(*18)による解説文がまたすばらしくて、「このような本」を作りたいとまで書いていて「普段漫画を読まない、文学好きの人にも届く本」ということです。日本の漫画で育っていると、いかに一般の漫画の読者に向けてどう描くかという意識が強いけど、自分の作品はそうじゃなくてもいいのかもと感じました。
(*18)クリス・ウェア…1967年アメリカ生まれ。コミック作家。代表作に『Jimmy Corrigan, the Smartest Kid on Earth』など。アーティストとしての国際的な評価も高く、2006年にはシカゴ現代美術館で大規模な展覧会が開かれた。
江:うん、トミネの漫画はグラフィック・ノベルとか、文学的な作品と言われてるよね。サヌキさんが日本ではまだあまりないそういった作品にチャレンジするのは意味があることだね。
サ:最近読んだティリー・ウォルデン(*19)という漫画家の『スピン』という作品は、彼女が自身の青春時代を描いた自叙伝で、とてもよかったです。ああいう手触りの物語を僕も作れたらと思います。
(*19)ティリー・ウォルデン…1996年アメリカ生まれ。漫画家、イラストレーター。デビュー作『The End of Summer』、2作目『I Love This Part』はイグナッツ賞ほか受賞。2018年、日本で初刊行となった作品『スピン』は河出書房新社発行。
江:物語を生み出すのも好きなんだね。
サ:はい、もともと映画は好きでしたが最近だとNetflixの影響もあって。江口さんも見ていますか?
江:いや、おれはHulu(笑)。
サ:違う派閥でしたか(笑)。Netflixのオリジナルドラマで、2、30分くらいの短い群像劇のシリーズがあります。大きなことは語らず、心の機微を描写した、ストーリーにも至らないシークエンスのような。自分もそういう漫画を描きたいです。最後にお聞きしたいのですが、ご自身の絵は好きですか?
江:自分の絵、好きだよ。サヌキさんもそうでしょ?
サ:はい。携帯電話の壁紙にもしていますが、それは耐久性の確認でもあって、どれくらいで飽きるかをチェックしています。とことん不安なんだと思います(笑)。
江:おれも画集を作ってる間はそれこそ自分の作品とばかり向き合うから、最高だなとか思うんだけど、発売した後には見飽きちゃう。気が済んじゃうのかな。でもサヌキさんの作品集はぜひ欲しいな。
サ:もし出せる時が来たら、帯文をぜひお願いしたいです。
江:そうだね、今書くとしたら「悔しい!」かな……(笑)。
サ:そう書いて頂けるように、これからも頑張ります!
<プロフィール>
えぐちひさし/1956年生まれ。漫画家、イラストレーター。『週刊少年ジャンプ』でデビュー。代表作に『すすめ!!パイレーツ』、『ストップ!!ひばりくん!』などがある。80年代以降はイラストレーターとしても活躍し、資生堂、Zoffなどの広告からインディーズバンドのCDジャケットまで幅広く手がける。2015年に画集『KING OF POP』、2018年には画集『step』を出版した。
さぬきなおや/イラストレーター、漫画家。1983年京都生まれ。坂口恭平、滝口悠生などの著書の装丁や『POPEYE』(マガジンハウス)の表紙などを手がける。バンド「Homecomings」のアートワークも担当。今年から『コミックビーム』(KADOKAWA)で連載をスタート。
本記事は『イラストレーション』No.221の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。
『KING OF POP』
江口寿史さんの38年にわたる「イラストレーションの仕事」をほぼすべて網羅。『すすめ!! パイレーツ』『パパリンコ物語』『ストップ!! ひばりくん! 』『エイジ』『ひのまる劇場』などの名作から、目にする機会の少なかった貴重なカットの数々を一堂に見ることが出来ます。
最新号『イラストレーション』No.227の巻頭特集は「人を描く」。雪下まゆさんをはじめ、いま注目の6名のイラストレーター、アーティストを紹介しています。