イラストレーションNo.213の特集より、西村ツチカさんのインタビューを掲載します。
新連載「北極百貨店のコンシェルジュさん」の準備で多忙な西村さんのアトリエにて、漫画家に至るまでの道のり、制作に対する葛藤、そして新連載について、話を聞きました。
撮影:坂上俊彦
(前編はこちら)
意外と規則正しい生活
――1日のタイムスケジュールを教えてください。
朝は8時くらいに起きています。その後に朝ドラを見て、朝食をとります。それから家事をして、昼頃から制作をしていますね。寝るのは夜中の1時くらい。漫画家としては、結構規則正しいかもしれません。
――〆切が近づくと不規則になったりしませんか?
以前はギリギリまで何もしなくて、〆切が近づいて来て初めて必死に描き始めるというのが自分の性に合っていると考えていました。なので、今のように規則正しい生活で描いていると「本気出せてるのかな?」って不安になるんです。エンジンがフル回転していない感じがしてしまう…(笑)。もちろん気のせいなのですが。
――来年から『ビッグコミック増刊号』で連載をされますよね。
現在(取材は昨年11月末)はネームまで完成している状態で、これからペン入れをする予定です。1年間に5冊の刊行スケジュールなので、月刊誌等とは違って比較的ゆとりがある〆切になっています。
――西村さんの独特な表現として“カナアミ”があります。あれはトーベ・ヤンソンの模写をしている時に生まれた表現なのですか?
そうですね。あれ、実は結構汚いんですけどね。曲線の度にインクだまりが出来てしまって、あまりきれいにならないので、トーベ・ヤンソンの線のように美しくならないんですよ。今後、もっと美しく描けるようになりたいです。
――人の顔を描く際に白目がある顔と点と線で描く顔がありますよね。何か意図があるのでしょうか?
この白目のある女の子はキャラクターとしてたまに描くんです。マルジャン・サトラピ(※5)という漫画家がこういう目の人物を描いていて、その影響を受けたんです。(サトラピの作品を見ながら)あれ、でもそんなに似てないかも…(汗)。
ただ、基本的に顔はシンプルな方が好きなんです。漫画って目を非常に繊細に描くじゃないですか? なぜかあれをダサいと考えていて、シンプルな顔の方がかっこいいと思っていた時期があるんです。今はそう考えてはいないのですが、その描き方がいまだに続いているという感じです。
※5 マルジャン・サトラピ。イラン出身の漫画家、イラストレーター。著書に『ペルセポリス』等。
――目について、編集者から何か言われることはないんですか?
ぼくはもともと変な漫画を描いている人間と編集者にも認知されているようで、それほどああしろ、こうしろと言われたことはないですね。
――作品に独特のかすれのようなマチエールが使われることも多いです。
紙をスキャンする際に表面の凹凸をスキャナーが拾うのですが、そのデータをPhotoshopに取り込み2値化する際の閾値を操作すると、こういう“かすれ”の表現が出来るんです。計算ではなかなか出来ないことがアナログの面白さだったりします。
アナログとデジタルの制作については、色々と考えちゃいますね。今は「CLIP STUDIO PAINT」をはじめとしてソフトが非常に優秀なので、漫画家はみんなデジタルでの作業に移行してしまう。でもぼくは数年前までは完全なアナログだったこともあり、正直「ずるいな」って感じていて。
どうにかアナログでデジタルに対抗出来ないかと試行錯誤したんですが、それだと作業が遅過ぎたり、アナログの良さを出すために沢山の線を引かなければならなかったり、しんどくなってしまうんですよ。それでぼくも結局半分デジタル化してしまったのですが…。
でも、究極的には漫画の読者にとってはデジタルでもアナログでも、どっちでもいいんですよね。個人的にアナログが好きだったので、自分の中でそのジレンマを解消するために、現在のアナログとデジタルの併用という制作方法を採用していますけど…。
そう言えば以前、もの凄く細かい点描で漫画を描いている人がいて、とても好きで読んでいたんですけど、ある時ふと「これってデジタルなんじゃ」と思ったら、急に気持ちが冷めてしまったことがあるんです。この感覚って何なんでしょうね…。
最初に読んでデジタルを強く意識したのは、山本直樹さん(※6)とか華倫変さん(※7)だと思うんですが、彼らは描線をジャギーが出るくらい平気で拡大しちゃうんです。「デジタルだからこんな感じになりました」という表現を多用していて、それがぼくにとってはすごくかっこいいデジタル表現なんです。今のアナログを模した技術が非常に発達しているデジタルがぼくは苦手なんですよ。
※6 山本直樹。1960年生まれ。漫画家。主に青年漫画を執筆。現在は『イブニング』誌上において「レッド」を連載中。
※7 華倫変。1974年〜2003年。漫画家。大学在学中に「ちばてつや賞」受賞。短編作品「張り込み」は映画化された。2003年に心不全により急逝。
イラストレーションのこと
――イラストレーションについてお聞きしたいのですが、どういったきっかけで描くようになったのでしょうか?
『気障でけっこうです』という書籍の装画が一番初めの依頼だったかと思います。ぼくの漫画『さよーならみなさん』の表紙のようなイメージで描いて欲しいという依頼を受けて描きました。それまで漫画しか描いてこなかったので、多少不安もあったのですが漫画の表紙と同じように描いていいのなら大丈夫かなと考えて、引き受けることにしました。
――イラストレーションを描いて、いかがでしたか?
正直何を描いていいか分からないという気持ちがあったのですが、装画の場合は中身からモチーフを引っ張ってこれるので、何とか描けるかなと思ったんです。表1から表4まで繋がった1枚の絵で描くことが多いのですが、この方法だと絵の構造がどれも同じになってしまうという問題も今は感じています。
――打ち合わせは漫画に比べてどうですか?
イラストレーションの依頼の場合は、打ち合わせでそれほど細かく指示をされることはないです。「傘と女の子をモチーフとして入れて欲しいですが、その他についてはお任せします」みたいな感じが多いですかね。一方で完全なお任せだとモチーフから考えないといけないので大変かも知れません。
――仕事を断ることもありますか?
装画の場合は作品を読みこむ時間が必要になるので、どうしてもその時間が作れないときはお断りします。他にも漫画の依頼でテーマが健康に関するものだったことがあり、それは自分には描けないと考えて、お断りしたことがあります。
新連載は絶滅動物を描く
――色々なところで西村さんを“ニューウェーブ”と評するコメントを見ます。
高野文子さんや大友克洋さんの作品を愛読していたので、その影響でぼくの作品から“ニューウェーブ”という印象を持つことがあるのかもしれません。実はぼく自身“ニューウェーブ”と呼ばれたいと思って意識していたことがあるんです。『月刊COMICリュウ』で描いたときも、“ニューウェーブ”っぽさを多少意識して漫画を描きました。それを見て頂いていたのか、ある時、漫画評論家の伊藤剛さんがぼくのことを“ニューウェーブ”と認めた発言をしてくれたことがあって「ついにニューウェーブの仲間入りだ!」って嬉しかったですね。
――以前、漫画を執筆していた際には、あまり打ち合わせをしていなかったと聞きました。
最初の担当編集者がその辺についてすごく寛大だったので、ぼくが自由に描いて完成させた原稿を見せて、そこで初めて掲載するかしないかの判断をするという流れでしたね。「これは載せない」と言われることが結構多くて、ショックを受けましたよ(笑)。つまり打ち合わせがない代わりに掲載される保証もないという…。ぼくはそれでも楽しかったんですけど。その編集の方は高野文子さんの担当をされていたこともあって、ぼくみたいな作風に対して理解があったのかもしれません。
――一方、新連載「北極百貨店のコンシェルジュさん」では打ち合わせをかなりされているという話ですが、心境の変化があったのでしょうか?
ありましたね。連載って本当に漫画という文化を感じられる仕事なんです。ぼくにとって一番最初の連載漫画であった『さよーならみなさん』では自前で企画を考えて、そのアイデアを編集者にプレゼンするくらいの気持ちで出来たらいいなと思っていたのですが、結局それが上手くいかなくて…。編集の方はかなり寛大な目で見てくれたんですが、ぼくの実力不足でやりたいことの1割も出来なかったという苦い想いがあるんです。言わば連載というものに対する理解が浅かったんですね。
進行管理をきちんとやるとか、修正の依頼にどう応えるかみたいなことが全然出来なかった…。それで今回はそういった問題を解決するために、常に連載を担当しノウハウを持っている編集者に知恵を借りようと思ったんです。ぼくのやりたいことを全面に押し出すのではなく、作品として面白いものにしようという気持ちですね。ぼくのやりたいことを100%出してしまったら、漫画家じゃなくなってしまうので。
――新連載では、なぜ動物を描こうと思ったんですか?
ずっと絶滅した動物を描きたいという気持ちはあったのですが、ある時ペンギンの名前の由来が絶滅した「オオウミガラス」の学名「Pinguinus impennis(ペンギヌス インペニス)」だと知って、すごく興味を持ったんです。だって、ペンギンは南極にオオウミガラスは北極にと生息地も正反対だし、姿が似ているというだけの理由で名付けられているんですよ? それがすごく面白くて、そういった話を漫画で表現したいと思ったのがきっかけです。
――商業誌で連載していた『さよーならみなさん』と同人誌の漫画を見比べると、前者は難解にも思えます。
そうですよね。ぼくもそう思います(笑)。『さよーならみなさん』の時は全部が上手くいかなくて、やけくそになっていたと思うんです。ストーリーも上手く運べないし、編集者からボツも出るし…。絵と話の両方があって漫画なんですが、この時は話の面白さを放棄して、絵の完成度を高めることだけに集中してしまったんです。漫画家としてはやってはいけないことだったと考えています。自分でやったことではあるんですが、それが結構トラウマになってしまっていまして…。そういった失敗を反省して、新連載は読みやすいものにしたいですね。
――今後、漫画で描いてみたいテーマはありますか?
機会があれば『不思議の国のアリス』のような、女の子が変な世界に迷い込んでしまう作品を描いてみたいです。
<プロフィール>
にしむらつちか/漫画家。1984年神戸市生まれ。『ヤングマガジンアッパーズ』(講談社)の新人賞にて大賞受賞、商業誌デビューを飾る。著書に『さよーならみなさん』(小学館)等がある。書籍の装画や挿絵等、イラストレーションの分野でも活躍中。
本記事は『イラストレーション』No.213の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。
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