魅惑の描線・独特な世界を生み出す漫画家 西村ツチカさんに迫る(前編)

イラストレーションNo.213の特集より、西村ツチカさんのインタビューを掲載します。

 

新連載「北極百貨店のコンシェルジュさん」の準備で多忙な西村さんのアトリエにて、漫画家に至るまでの道のり、制作に対する葛藤、そして新連載について、話を聞きました。

撮影:坂上俊彦

(後編はこちら

 

きっかけは『AKIRA』

――もともと4年制大学を卒業されています。いつ頃から絵について学ばれたのですか?

 子供の頃って好きな漫画を真似して描くじゃないですか? ぼくの場合、中学生のときは『AKIRA』とかを真似て描いて、大学時代はトーベ・ヤンソンのカケアミが美しくて真似して描いていました。あそこまできれいに描くのは難しいんですけど、描いていくうちに自分なりに早く描く方法を考えていって、結果的にそれが今の作風に繋がっていると思います。単純にトレースしているとかではなくて、漫画を見ながら雰囲気を真似て描く感じですね。

『AKIRA1巻』大友克洋著(講談社)西村さんが漫画家への道を進むきっかけとなった作品。

 

――影響を受けた漫画はありますか?

 小学校の頃は『週刊少年ジャンプ』を読んでいて、冨樫義博さんの『幽遊白書』とか大好きでした。漫画家になりたいと思ったのは、中学生の頃に『AKIRA』を読んでですね。親が持っていた『彼女の想いで…』と『SOS大東京探検隊』という大友作品が好きで夢中になって読んでいたんですが、ある時、親に叱られながらそれを読んでいたら、親がグチャグチャにしちゃったんです。その翌日に親が「ごめん」と言いながら『AKIRA』をプレゼントしてくれて、それが漫画家になるきっかけです。叱られている時に漫画を読んではダメですけど…。

 

 

アングラ文化の影響を受ける

――漫画家になるために、実際にどのような活動をしたのでしょうか?

 大学受験に失敗して浪人をするんですが、その時に漫画への未練を断ち切って受験勉強に集中するために「1度漫画をきちんと描いてみよう」と思ったのが、漫画家を目指す具体的な最初の行動ですね。その時に描いた作品は好きな漫画家の一人であるすぎむらしんいちさん(※1)が審査員を務める『ヤングマガジンアッパーズ』の新人賞に応募しました。

※1 すぎむらしんいち。1966年生まれ。漫画家。主な作品に『ホテル・カルフォリニア』等がある。

――結果はどうだったのでしょうか?

 いきなり大賞を取ったんです。ですから、それが商業誌でのデビューになります。担当編集にもついてもらったのですが、大学受験もありましたし、もともと勉強に集中するために漫画を描き上げたので、それ以後はほとんど漫画に関する活動はしていませんでした。ただ、大賞の副賞として賞金を頂けたので予備校の授業料が払えたのはラッキーでしたけど。

――その後、大学に入ってから漫画家を目指す活動を本格化するんですか?

 それがあまりコンペにも応募しなかったですし、持ち込みもしませんでした。ぼくは予備校時代を通じて、ものすごく性格が暗くなってしまって(笑)。アングラ文化に強い影響を受けてしまい、誰に見せるためでもなく一人で黙々と漫画を描いていました。

――では再デビューはいつになるのでしょうか?

 大学を卒業してから就職もせず、漫画家になりたいとは思いつつも結構フワフワしていて…。たまに新人賞に応募したのですが、今度は全然入選しないんです。サブカル趣味に影響を受けてしまったのが作品にも現れていて、それが敬遠されたのではないかと自分なりに分析しているのですが。
その後、「君の動き」という作品が『月刊COMICリュウ』の龍神賞にて銅龍賞を頂いたことで「黒岩さん」で再デビューすることになりました。受賞した回の審査員は吾妻ひでおさん(※2)と安彦良和さん(※3)が務められていたのですが、吾妻さんから「ホームレスの描き方が上手い」と言われたのは、本当に嬉しかったですね。

※2 吾妻ひでお。1950年生まれ。漫画家。自らの失踪経験に基づく『失踪日記』など、著作多数。

※3 安彦良和。1947年生まれ。漫画家、アニメーター、アニメ監督、小説家。アニメ「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザインで知られる。

 

 

全くの独学で生み出される作品

――アシスタント経験はあるのでしょうか?

 実はないんです。編集者にアシスタントの仕事を紹介されたこともないですし、デビュー当時神戸に住んでいて、なかなか漫画家の方のアトリエに通いづらかったことも関係があるかもしれません。アシスタントをしていないことで周囲と比べると経験の差を感じることは多いですね。友人でもある真造圭伍君は小田扉さん(※4)のところでアシスタントをバリバリやっていたので、コマの割り方とか漫画を描くのがやっぱり上手いんですよ。彼の作品を読むと、漫画には受け継がれている伝統があるんだなと考えさせられます。

※4 小田扉。1974年生まれ。漫画家。『ビッグコミックスピリッツ』で「団地ともお」を連載中。

――作品を編集部に持ち込んだことはありますか?

 大学の時に1度だけ『スピリッツ』、『週刊ヤングマガジン』、『コミックフラッパー』に持ち込みに行きました。『スピリッツ』の編集者に作品を誉めてもらえて、すごく嬉しかったのを覚えています。ただ、持ち込みに行っていた当時、ぼくはパンクにかぶれていて(笑)。その影響からか何となく「認められなくてもいいや」という気分があって、持ち込みをする人間としての心構えが出来ていなかった気がします…。

 

 

実は色が苦手

――装画については制作にどれほどの時間がかかるのでしょうか?

 下絵が出来ていたら2、3日くらいでしょうか。もちろん、作品の複雑さ等にもよりますし、修正の依頼が来ることもありますから、それだけで終わらない場合も多いです。ぼくは色が苦手で、デザイナーや編集者から色の変更をお願いされることがあります。

――色が苦手とは意外ですね。

 補色とか反対色とか色に関することが全然分かっていないので、あえてそこを意識しないで描いています。漫画家って普段はモノクロで作品を描いているから、色が苦手な人が結構多いと思うんですよ。他の部分ではすごくても色が苦手なのかなと思う漫画家の方は意外と多い。ですから、ぼくが色が苦手だという事実も、出自が漫画家であることの証明だと思って、それはそれでいいじゃないかと開き直っています。もちろん上手くなれればなりたいんですが…。

――写真家の宇壽山貴久子さんとSPBS(SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS)にて二人展「Left to Right, Right to Left」をされています。同展示はどのような経緯で開催することになったのでしょうか?

 宇壽山さんが新宿眼科画廊で開催したグループ展を見に来て、その時に「ポートレートを描いて欲しい」と依頼してくれたことがあったんです。ぼくはその代わりに宇壽山さんに写真を撮ってもらうことを依頼したのですが。そういった交流があった後で、宇壽山さんがSPBSで二人展をやらないかと誘ってくれたんです。

――同展示では宇壽山さんの作品を元に、西村さんがグレーのグラデーションで作品を描かれています。

 あの写真は宇壽山さんが撮影している「Subway」というニューヨークの地下鉄の風景をテーマにしたシリーズなのですが、最初の印象で寒そうだなと感じたんですね。その寒さをぼくの絵でも表現したいと考えて、グレーを基調にした作品にしました。ただ、先ほども言いましたが色が苦手だということも、グレーを選んだ理由として大きい気がします。

 この時、本当は線画で作品を描きたかったんですよ。でも線だけの作品ではあの宇壽山さんの写真にはふさわしくないなと考えて、アクリルガッシュで着彩した上から線を描いて仕上げているんです。

――使用している画材について教えて頂けますか?

 デジタルとアナログを併用していて、デジタルの制作ではPhotoshopを使用しています。ペンタブレットはワコムの「cintiq13HD」。以前は液晶ではないタブレットを使っていましたが、液晶は狙ったところにペン先を置けて非常に便利です。筆圧感知も以前の製品に比べて精度が上がったと思います。

 一方アナログの制作ではGペンを使っています。ペン軸は100円くらいのやつで特にこだわりはないです。ペン先はZEBRAの漫画用のものを使用しています。以前使っていた同社のペン先は品質がまちまちだったのですが、この漫画用のものは品質が安定しているので素晴らしいです。インクは開明墨汁。最初からこの墨汁を使っているので、他との差は分からないんですが…。

 シャープペンはPILOTのスーパーグリップにB2の黒い芯と青い芯を入れてネームやラフを描いて、枠線はサクラクレパスのピグマ08で引いています。

 消しゴムはESTOのものが最高ですね。消し心地がいいですし、消しカスもよくまとまります。紙は漫画の原稿用紙を基本的に使用していますが、個展のときには水張りしたパネル等を使うこともあります。

 

西村さんが愛用する画材。意外にもペン軸にこだわりは無いという。
西村さんが最近買い替えたワコムの「cintiq13HD」。初めて液晶タブレットを使用して、その使いやすさに驚いた。

 

後編に続きます)

 

<プロフィール>

にしむらつちか/漫画家。1984年神戸市生まれ。『ヤングマガジンアッパーズ』(講談社)の新人賞にて大賞受賞、商業誌デビューを飾る。著書に『さよーならみなさん』(小学館)等がある。書籍の装画や挿絵等、イラストレーションの分野でも活躍中。


本記事は『イラストレーション』No.213の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。

 

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