世界で仕事がしたい! 上杉忠弘さんに聞いた「海外の」仕事事情(後編)

イラストレーションNo.206の特集「世界で仕事がしたい 7人のイラストレーターに聞くSNS活用法&仕事術」のなかから、上杉忠弘さんのインタビューを掲載します。

 

上杉忠弘さんはイラストレーターとして、女性誌を中心に活躍し、現在では国内外のプロジェクトに携わる。近年では『コララインとボタンの魔女』でアニー賞最優秀美術賞を受賞する等、アニメーション業界でも高い評価を得ている上杉さんに、海外とのやり取りを中心にお話をうかがった。

(前編はこちら

 

――今回の特集は『海外』がテーマです。海外で一番最初にした仕事について教えてください。

 どれが一番最初の仕事だったかは、昔のことなのですぐには思い出せないです。ただ、きっかけとしては、普段仕事では描くことができない陰影のあるタイプの絵を1日1作品描いては、自分のウェブサイトにアップしていたことがあって、それと普段の作品の組み合わせが海外の目線からすると新鮮に映ったらしく、海外の絵描きの掲示板にいつの間にか僕の作品がアップされていたらしいんです。おそらくそういったものを見て、オファーが来たのだと思います。

 最初の仕事は確かイギリスの単行本の装画か、アメリカの水道会社の年次報告書のイラストレーションだったと思います。アメリカの場合、この手のものに日本では考えられないようなお金を使うみたいです。

 

――海外に自分から売り込んだことはないんですか?

 直接売り込んだことはないですね。ほぼウェブサイトを通じてだと思います。今は全然更新してないんですけど…。一応、TumblrとかFacebook、Twitterにも登録しているんですけど、今はTwitterしか使っていないです。Facebookはありがたいことに海外の方がチェックしてくれることが多くて、作品を掲載したりすると海外の方が外国語でコメントしてくれるんです。でも、そうなると返信するだけでも大変になってしまって…、今はほとんど更新していません。その点、Twitterについてはその辺りがもう少し気楽なんで続けています。

 

――海外の仕事でカルチャーショックだったことはありますか?

 やはりコミュニケーションの問題はありますね。僕は英語が全くと言っていいほど出来ないのですが、1枚のイラストレーションを描くだけの仕事だったら、そこまで難しいやり取りはないので、問題は少ないです。

 ただ、時々複雑なやり取りが必要な案件があって、そういう時は大変です。一度、フランス映画の監督から「撮影中の新作のカンヌ映画祭向け事前告知ポスターを描いて欲しい」という依頼が来たことがあったんです。通常ならエージェントを通してもらうんですけど、たまたまエージェントが休みの時期で、友人に通訳してもらったんですが、先方の担当者が本当にめちゃくちゃな人で、すごい無茶な要求をしてきたんです。そのため、話が凄くややこしくなってしまって、大変な思いをしたことがありました。最終的には休暇から戻ってきたエージェントに解決してもらうことでなんとかなりましたけど。

 後でエージェントからは「受けない方がいい仕事だった」と言われました。その理由は、撮影も始まっていない映画なので、様々なところから希望や修正が入って、膨大な変更が必要だからだそうです。その時は不用意に仕事を受けるのは危険だなとさすがに思いましたね。フランス映画の仕事と言われると、とても魅力的だったので、つい受けてしまったんですが…。

 

――海外での仕事と国内の仕事で意識は変わりますか?

 僕は海外の仕事は待遇もいいし、自由度も高いと思っていたんですけど、いざしてみると日本とあまり変わらないですね。ただイラストレーションという職業に対する意識が各国で微妙に違いがあると思います。もちろん僕に来る依頼は僕の描いた女性向けのイラストレーションを見て依頼してくるので、全部の仕事がそうだと一概には言えないんですが、印象としてはイギリスの仕事ではイラストレーターというのはアーティストではないと考えていると思います。“イラストレーターは職人”という考え方ですね。だからもの凄く決まったディレクションが来て、これ通りにやってねという依頼が多いです。

 日本でも広告の仕事等は割と細かいディレクションをされることがありますけど、イギリスでは書籍の装画でも細かく指示をされるんです。つまり、アートディレクターが作ったものを絵にしてくれるのがイラストレーターという認識なんですね。もちろんこれは僕がイギリスの仕事をしての印象なので、絶対そうだというわけではないですけど。

 一方フランスの場合は、日本と似た印象を受けます。ただフランス人が日本人と違うのは、自分たちの主張を全て言ってくる人がいることです。それが可能か不可能か、整合性が取れているかは関係なく主張してくるんです。真面目にそれを聞いて、要望に応えようとすると必ず無理が出てくる。だから無理なことはハッキリと「それは無理です」と言ってから交渉が始まるんだなって、いくつか仕事をした後に気づきました。最初は先方の意向を全部受けようとしたので、大変でしたよ。

 

――数多くのイラストレーターがいる中で、なぜ海外のクライアントは上杉さんに仕事を発注してくると、考えていますか?

 それは僕にも分からないですね。ヨーロッパから来ている仕事は、やはり女性向けのイラストレーションという受け取り方だと思います。アメリカのアニメーションの仕事もいくつかしていますが、そちらに関しては、3Dのアニメーションに対抗できる2Dのスタイルとして、平面的でありながら光を強調した描写や空間があるのが面白いと思われていたようです。

 

――英語でのやり取りは大変ではないですか?

 仕事の依頼のメールは大体決まった形で来るので、英語がダメな私でもそれほど大変ではないです。複雑な英文の場合は、妻が日常会話くらいは出来る英語力なので、和訳を手伝ってもらいますけど。

 でも、実は相手がこちらが英語が分からない思っていることがメリットになることもあるんです。例えば、僕がフランス語を理解できたら、さっきのフランスのクライアントなんて、もっと無理難題を言ってくると思いますから。それに外国語を話せない日本人のイラストレーターをわざわざ選んで発注をしてくる場合は、相手も僕に描いて欲しいという強い意志があるので、仕事が上手くいくことが多いです。

 

『Diamonds and Daisies』Bernadette Strachan/著(Hodder & Stoughton)<イギリス>

 

――イギリスとフランスのお話が出ましたが、他の国についてはいかがですか?

 ドイツの仕事はしたことがないですね。ドイツで発行されているイラストレーション年鑑の冒頭で特集される“各国のイラストレーションの動き”についての記事には掲載されたことがありますけど、それだけですね。イタリアでは装画の仕事をしたことがあります。ただそれは痛い目に遭いました。その仕事で僕が装画を描いた書籍が、アメリカでも出版されたんですが、装画が勝手に修正されていたんです。顔とか入れ替わっているんですよ。これには驚きました。

 言葉のネックは文句が言えないことですね。相手に文句を言う場合は、英語力の難易度がすごく高くなってしまうんです。

 

――国内と国外の仕事の割合はどれくらいなのでしょうか?

 これは年によってまちまちですね。一昨年は比較的海外の仕事が多かったですけど、去年はそうでもなかったですし、波が大きいです。昨年は海外の仕事のコンペの話はたくさん来たんですけど、勝てなかったものが多かったですし。ただ、コンペに作品を出すだけでも、多少はギャランティが出ますから徒労というわけではないですが。

 

――上杉さんは比較的早い段階からデジタルでの制作に移行していますよね

 ラフの直しや部分修正の依頼が来た時にアナログだと全て描き直さないといけないので、すごく手間がかかるんですね。その修正作業をどうにか短縮できないかと考えて、デジタルに移行することにしたんです。まだ印刷所でも対応してない時期からデジタルで制作していました。

 

――デジタルでの制作だからこそ、海外とのやりとりも出来たのでしょうか?

 それもあると思います。あと、導入が早かったというのが大きいかもしれません。当時はイチからデジタルで描いて、それをウェブにアップできるまでのスキルがある絵描きが少なかったので、目立ったんだと思うんです。今は当たり前のようにウェブ上にイラストレーションが氾濫しているから大変だと思います。もちろん、その中でも上手い人については注目されるのでしょうけど。

 

 

――海外の仕事をしたいと考えた時に、どういった方法が有効だと思いますか?

 それはウェブしかないんじゃないでしょうか。一番簡単でお金もかからないですし、如何にウェブの目立つところに作品を載せられるかということだと思います。Pinterestってありますよね。あれを閲覧していると井筒啓之さんや木内達朗さんの作品が流れてきたりするんです。やはりいい絵を描けば、注目もされるし、拡散されて多くの人の目に触れるんだと思いますね。画像共有サイトでは、どの画像が評判良いのかはっきり目に見える訳ですから非常に優秀なツールですよ。自分のどの絵が拡散していくかで見えてくるものがあるのではないかと思います。

 ウェブ上で作品を発表しているんだけど、反応がないっていう人がいると思うんですけど、それはやっぱりいい絵じゃないからだと思うんです。これは売れる売れないとは関係なくて、人を惹きつけるものがないということだと思います。仕事の依頼が来る絵といい絵って別だと僕は考えているんです。

 例えば、僕が『an・an』で描いていた頃の絵は絵として完成されたものではなくて、素材として非常にいい形だったと思うんです。使う側からするとデザインに落とし込んだときに完成する素材として魅力があったので、仕事がたくさん来た。今の絵は一枚の絵として見ることも出来るので、描き手としては満足感があるのですが、仕事の幅は逆に狭くなっていると思います。

 イラストレーションの仕事って『依頼者』『描き手』『最終的な受け手』のどこに比重を置くかで変わってくると思うんです。その配分を考えられるかどうかというのがイラストレーターとしてやっていけるかいけないかの差だと考えています。

 

――上杉さんはアニメーションにおいても活躍されています。『コララインとボタンの魔女』(09年)については、どういった経緯で関わるようになったのでしょうか?

 エンリコ・カサローサさんというピクサーのアーティストが、アメリカの掲示板にアップされていた僕の作品を見て、「この人の絵は面白い!」と思ってくれたらしく、日本に行く機会があるから会いたいと突然僕に連絡してきたんですよ。僕も偶然、彼の作品を知っていたので実際に会うことになるんですが、彼が一緒にロニー・デル・カルメン(当時はストーリーボードアーチスト。今年公開予定の『インサイドヘッド』共同監督)さんという方を連れて来たときに、「君はアメリカで仕事をする気はないの?」と聞いてくれたんです。この質問をされたら誰だって「やりたい!」って言いますよね。

 その話がマイク・カチュエラさんという『コラライン』の副監督をやることになる人物に伝わり、僕のことを同作の監督ヘンリー・セリックさんに強く推薦してくれたみたいなんです。それで決まったようです。

 ただ、最初の話ではキャラクターデザインだけを担当する予定だったのですが、キャラクターだけではなくて背景も描いて作品を納品したら、「それじゃあ、背景もやってくれないか」という流れで美術を担当することになったんです。言われてないことでも、自分がやりたければやったほうがいいと思った体験です。

 仕事の進め方としては、アメリカのアニメーション業界では週給制が一般的らしく、1週間毎に仕事の依頼が来て、納品しての繰り返しでした。

 

――『ベイマックス』については、どういったきっかけだったんですか?

 実際のところは僕にもよくわからないんです。『コラライン…』の経緯についても、監督から聞いて初めて知ったくらいなので。ただ、自分でも理由が分からないんですけど、アメリカのアニメーション業界では僕の作品が知られていて、『コラライン…』を手がけた後は、アメリカで会うアニメ関係の人は僕のことを知っているという状態でした。だから、よく知らない人を発掘して絵を描かせようという意図ではなかったみたいです。アメリカで出会った日本育ちの学生の方から、「今うちの美術学校では上杉さんの作品が教材になっているんです」と言われたこともありましたけど、その授業は僕もぜひ聞いてみたいです(笑)。

 アメリカのアニメーションスタジオには優れたクリエイターがたくさんいるのですが、その方たちが描くスタイルとは違うものを描いて欲しい場合に、どうやら僕に白羽の矢が立つみたいなんです。今回の『ベイマックス』でも日本とサンフランシスコが融合したものをディズニーのスタジオで描こうと試行錯誤したみたいですけど、やはり日本に中国とか韓国の要素が混じってしまうみたいなんです。それで日本人に依頼しようとなった時に、僕の名前が出たみたいです。だだ、絵のスタイルは消費されていきますし、こちらも研鑽して変わっていかないと絵に古さが忍び寄ってきます。そういう危機感は絶えずありますね。

 

〈プロフィール〉

うえすぎただひろ/1966年生まれ。イラストレーター。セツ・モードセミナーを卒業後、広告や書籍、雑誌等の分野で活躍、09年に公開の『コララインとボタンの魔女』で第37回アニー賞最優秀美術賞を受賞。14年公開のディズニー映画『ベイマックス』ではコンセプトアートを担当している。TIS会員。

 


本記事は『イラストレーション』No.206の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。

 

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