『イラストレーション』No.216での連載スイッチ・インタビューの中から、イラストレーター本秀康さんと、音楽レーベル「カクバリズム」代表角張渉さんの対談を全3回にわたって掲載します。
イラストレーションの仕事を発注する関係者に、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員が自らインタビュー。連載初回はイラストレーターの本秀康さんが、今年レーベル設立15周年となる「カクバリズム」の角張渉さんを取材します。
音楽をこよなく愛し、大きな節目で仕事を共にしてきた2人だからこそ語れる貴重な舞台裏をお届けします。
協力:東京イラストレーターズ・ソサエティ
撮影:大瀧央子
(連載のまとめはこちらから)
5周年での出会いと、依頼のきっかけ
本秀康:まずは、カクバリズム15周年おめでとうございます。
角張渉:ありがとうございます!
本:俺がカクバリズムの仕事を初めて受けたのは5周年の時だけど、それ以前の5年間は誰にイラストレーションをお願いしていたの?
角張:初めの頃は「YOUR SONG IS GOOD」(*1)のギター、ヨシザワ“モーリス”マサトモが描いていました。でも、2002年から2006年あたりは小さい枠で広告を出すことが多く、イラストレーションもあまり入れていなくて、うちの広告ってほぼ文章だったんですよ。「カクバリズムはこういうことやります」っていうのを文字組みだけでドンと伝えていました。
(*1)YOUR SONG IS GOOD…カクバリズム所属。ダンス音楽を演奏する7人体制のバンド。
本:俺が5周年のフライヤーの絵を描かせて貰ったのは、イラストレーションを起用し始めた頃だったのかな?
角張:そうですね。広告物にイラストレーションをはめこむのは、グラフィックデザイナーの大原大次郎くんがやったことはありましたけど。ここまで漫画的なイラストレーション案は初めてでしたね。
本:5周年記念の仕事を一緒にやることになったきっかけ、覚えてる? その直前に、俺と角張くんは出会ってるんだよね。
角張:覚えていますよ。カクバリズムの事務所は以前、駒場東大前にある「No.12 Gallery」の2階にあったんです。ある日、そのギャラリーで本さんの友だちが個展を開いていました。当時僕は本さんのことが好きだっていうことをさまざまな場所で伝えていて。たとえばディスクユニオンのフリーペーパーに「今年よかったベスト5」みたいな記事で寄稿していた時にも、本さんの漫画のことを書いていました。「角張さん、本さんのこと大好きですよね。今来てます!」って言われて、その時に紹介して貰いました。
本:ああ、そういう流れだったのか! カクバリズムってなんとなく知ってるなと思って、立ち話したんだよね。その当時、「サケロックオールスターズ」(*2)のアルバム「トロピカル道中」のジャケットを「ヴァン・ダイク・パークス」(*3)のアルバム「ディスカヴァー・アメリカ」のパロディでサイトウユウスケさんが描いていた。俺の大好きなジャケットのパロディだからよく覚えてて。話しているうちにカクバリズムがそのSAKEROCKを出しているレーベルなんだと分かって、音源自体はほぼ聴いていなかったんだけど会ったあとにいろいろ送って貰った。
(*2)サケロックオールスターズ…インストゥルメンタルバンド「SAKEROCK」、マルチ弦楽器奏者「高田漣」、パーカッショニスト「ASA-CHANG」の3組で結成されたバンド。
(*3)ヴァン・ダイク・パークス…アメリカの作曲家、プロデューサー。「ザ・ビーチ・ボーイズ」や「はっぴいえんど」のレコーディングにも携わり、音楽業界へ大きな影響を与えた。
角張:その際に連絡先を伺って、ちょうどレーベルの5周年があったのでこれはダメ元でも、と思って記念イラストレーションの制作を依頼しました。
本:そこからこんな長い付き合いになるなんてね。それまでイラストレーションの仕事はあまり外注してなかったらしいけど、このあとはたくさんしてるよね。
角張:やってますね。一番は、カクバリズムのレコード袋。2009年に制作しましたが、合計15万枚くらい刷っているんじゃないですかね。これが出来てからグッズの売り上げがすごく上がりました。本さんの漫画『ワイルドマウンテン』(*4)の主人公「管管彦」をそのまま使わせて貰ったんですけど、お客さんが漫画のことを知らなくても「何あれ、すごくかわいい!」って言ってくれて。昔はうちのレコードを売る時はこれが絶対でした。レコード屋に卸す時も、レコードと一緒に袋を入れて送っていましたね。
(*4)『ワイルドマウンテン』…本秀康さんの漫画作品。地球防衛軍隊長という職を捨て、「ワイルドマウンテン町」の町長に就任した「管管彦」を中心とした物語。
本:これが2回目の仕事だよね。アーティストの似顔絵ではない初めての仕事。『ワイルドマウンテン』の管管彦を描いてくれ、という指示は角張くんからだったよね。
角張:そうです。『ワイルドマウンテン』は最高の漫画で、これ以上のものはないというくらい好きなので、本当にいいものが作れました。
本:いやいや、『ワイルドマウンテン』はメジャーな漫画だという認識はないんだけどね。
角張:本さん、よくそうおっしゃっていましたよね。でも我々界隈では絶大な人気があって、本さんの耳に届いていないだけですよ。「never young beach」(*5)の安部ちゃん(安部勇磨)も好きですよね。「cero」(*6)の高城晶平も愛読者で、僕らは本当に好きです。
(*5)never young beach…日本の5人組ロックバンド。70年代のJ-POPサウンドを現代にアップデートした音楽で、カクバリズム主催のイベントにも出演している。
(*6)cero…カクバリズム所属の3人組バンド。バンド名は「Contemporary Exotica Rock Orchestra」の略称。
本:そんな話を聞いた上で「これを描きなさい」と言われて不安ながらも描いた。この袋が人気になったこともあって、『ワイルドマウンテン』がカクバリズム界隈から浸透したことでその後描きやすくなったし、これをきっかけに大々的に扱われることが多くなった。カクバリズムのミュージシャンが中心となってたまに騒いでくれるから、息の長い作品になったのかもね。
ブランドビジュアルとアーティストビジュアルの使い分け
角張:本さんのイラストレーションが好きなので、ここぞという時じゃないとお願いするのもおこがましいです。
本:そう言われると、たしかにここぞってのが多いかも(笑)。
角張:タワーレコードの全店キャンペーンだったり、記念ビジュアルだったり、人の目に付く時のカクバリズムのイメージを本さんにお願いしていますね。
本:10年間カクバリズムとお仕事していて、角張くんがビジュアル展開をよく考えているなと感じるのは、アーティストによって発注するクリエイターを変えていること。たとえば俺の場合は、基本的にはディスクまわりではなくてキャンペーン。企業広告的に使われることが多い。ディスクまわり、ジャケットは俺とは真逆のおしゃれな人にお願いすることが多いよね。パッケージとして持っていて、部屋に置いてかっこいいやつ。
角張:いやいやいや、そんなことないですよ(笑)。カクバリズムとしてお願いする場合は、僕が自由に出来るじゃないですか。ジャケット用のイラストレーションとなると、やっぱりアーティストの意向やイメージもあるし、作品とのシンクロ性もあります。レーベルのブランディングとして本さんにお願いすることが多いのは社長の自分が大好きだし、カクバリズムとも相性がとてもいいなって。アーティストの作品となると、ceroのメンバーの高城くんが本さんの絵が好きで、彼らのファーストアルバム「WORLD RECORD」のジャケット用に描いて頂いたイラストレーションはすごくはまりました。
本:カクバリズムのなかで、cero以外のアーティストのジャケットを描くことは基本的にはないかもね。
角張:たしかにそうですね。イラストレーターとミュージシャンのセットでイメージがついてまわると、「あのイラストレーターにお願いすると、このイメージと同じじゃない?」とミュージシャンが考えることもあります。メジャーになるとそんなことは気にしない人が増えますけどね。カクバリズムとしてはジャケットも本さんに頼みたいけど、カクバリズム全体を描いて貰えれば一番いいんじゃないかって思います。
本:キャンペーンの仕事はレーベルオーナーである角張くんの意向がものすごく入ってるよね。それで俺が自由に描けるっていう状況があるけど、各アーティストのジャケットに関してはアーティストの意向と角張くんの意向、どんな割合になっているの?
角張:アーティストが70%、僕が30%くらいじゃないですかね。アーティストはこちらの勝手を知っていることもあり、30%といっても意外に進行しやすいです。アーティストが「このイラストレーターの方どうですか」って聞いてきたら、否定することはほぼないですよ。
本:イラストレーションを手がけるのは、YOUR SONG IS GOODのモーリスさんやジョウタさん、大原大次郎さん、そして俺だったり、基本的にはファミリー進行じゃないですか。それに関してはカクバリズムの方針? それとも自然にこうなった?
角張:自然と、ですかね。イラストレーターやデザイナーと仕事して「やりきった、よし終わり!」みたいな感覚ではなくて、バンドっぽいというか。一緒に違う景色を見る時に、共有する時間が多い方が感じ方も違ったりします。長くやりすぎると新しいアイデアが出ないこともあるので、チームの組み替えというのはありえますし、自然だと思います。でもどっちかというとそうじゃなくて、本さんとこの間こうだったけど、今回こうなったから前よりもここがよくなったとか、広がりが増えたとかって話せるのがいいですね。15周年の絵が本さんじゃなかったらやっぱりさびしいというか、本さんの絵が見たいと思うはずです。
本:そうだね。5周年、10周年、15周年と絵を描いているけど、点で見ていたものが10年の蓄積でストーリーになるんだ、という風にお客さんも感じるだろうしね。
角張:何事にもストーリーがあるのは好きですね。点で終わらせたくない。点と点をつなぐような仕事は楽しみです。
本:そういえば、『ミュージック・マガジン』の最新インタビューを読んだよ。「カクバリズム所属アーティストすべてのバンドメンバーになりたい」って角張くんが話していて、その気持ちは俺も近いかもしれない。カクバリズムにビジュアルで絡んでるイラストレーター全員、同じような気持ちでやっていると思う。だから、一度きりじゃなくて、「次はどうしようか」というモチベーションを持ったまま参加した人たちが継続して仕事をしていって、1つのファミリーとして盛り上がる流れになっている気がする。
角張:それはありますね。でも、若いイラストレーターにお願いすることもあります。最近、RUMINZさんという広島のイラストレーターの方に「カクバリズムの夏祭り」というイベントのビジュアルを2年連続で描いて貰いました。毎年そのイベントのビジュアルはお願いするという風になると、イラストレーターの方も仕事が早くなってくるんですよ。本さんは大御所でめちゃくちゃ仕事が早いし発想もすごいけど、若い人でも1、2年積み重ねると変わってきます。こちらもその変化が見てみたくなる。結果いいものが生まれやすい環境がお互いのなかで出来てきますね。
(第2回に続きます)
<プロフィール>
もとひでやす/1969年京都生まれ。イラストレーター、漫画家。1990年よりフリーイラストレーターとして活動。その後漫画家としてもデビュー。一見牧歌的な画風でありながら鋭い毒を持つストーリーと世界観によって、熱狂的なファンを獲得した。音楽への造詣が深く、音楽誌への寄稿、執筆も多い。
かくばりわたる/1978年宮城県生まれ。2002年3月に、レーベル・マネージメント会社・カクバリズムを設立。第1弾作品としてYOUR SONG IS GOODの7インチアナログシングル『Big Stomach, Big Mouth』をリリースする。以降、SAKEROCKやキセル、二階堂和美、MU-STARS、cero、VIDEOTAPEMUSIC、片想い、スカート、思い出野郎Aチーム、在日ファンク、mei eharaなど、エッジの利いたアーティストを続々と輩出。
本記事は『イラストレーション』No.216の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。
今回の対談も掲載している『イラストレーション』No.216。巻頭特集では、国内外で注目を集めるイラストレーターのイリヤ・クブシノブさんを紹介しています。