ウクライナを拠点に活動するアートユニット「Agrafka(ロマナ・ロマニーシン&アンドリー・レシヴ)」はブラチスラバ世界絵本原画展(以下BIB)金牌やボローニャ・ラガッツィ賞を受賞するなど、世界から注目を集めています。彼らが制作した多種多様な絵本のうち2冊は、2019年に日本でも翻訳刊行されました。伝えたい事柄によって自由自在に表現が変化する、魅力溢れる絵本はどのように作られているのでしょうか?
本誌で紹介しきれなかったインタビューの完全版を全3回にわたって掲載します。
取材:広松由希子
協力:田中優子 河出書房新社
* この記事は『Illustration』No.227に掲載された「Artist in the World:Number 11 ウクライナ|ロマナ・ロマニーシン&アンドリー・レシヴ(Agrafka)」インタビューの完全版です。
* 以下、邦訳出版されていない書名は『ウクライナ語書名(日本語訳)』と表記します。
(連載のまとめはこちらから)
インスピレーションの視覚化
―たくさんの詩を視覚化していますよね。ウクライナでは、詩の絵本がポピュラーなのでしょうか?
私たちは詩の仕事が好きで、詩のためのイラストレーションを描くのも大好きなんです。最初に手がけた本が、ウクライナの有名な作家の詩のイラストレーションだったからかもしれません。詩のイラストレーションは、私たちの芸術的な想像力や技能を発揮する、とびきり自由な力を授けてくれます。詩を描く時、いつもいろんな実験をします。新しい技法や画材だったり、新鮮なアイデアや未知のアプローチを試します。実はウクライナでは、詩の絵本はそれほど一般的ではありませんでした。詩は文章だけでシンプルに出版されていたんです。絵入りの本の方が、印刷費がかかるからかも。でも私たちの詩の絵本が数冊、かなり成功した後には、ウクライナでも詩の絵本がちょっとした流行になったようです。
―『うるさく、しずかに、ひそひそと』や『目で見てかんじて』もそうですが、科学絵本や伝記絵本といったノンフィクションをテーマにした絵本も多いです。これらを視覚化する過程について、教えて頂けませんか?
子どもの頃、まわりにあるものすべてが好奇心の対象でした。でも当時は、ごくシンプルな物事を面白く伝える本はあまりなかったのです。芸術(アート)と科学(サイエンス)は、私たちの2大関心事でそれらを統合し、感情と理性を融合するやり方で世界を捉えるプロジェクトを実現したいとずっと願っていました。人間の感覚についての絵本のアイデアは、かなりシンプルですが、視覚と言葉の実験領域を広げてくれます。聴覚と視覚に焦点を当てたのはこの2つが最も重要、かつ抽象的だから。そして、異なるアプローチで世界を捉える2冊のシリーズにすることに決めました。あらゆる情報を収集し、このテーマの奥深さに驚き、1冊ではこれら2つの感覚を表現し得ないと気付いたんです。
視覚と音のような複雑で説明が難しい概念を語るには、なるべく細かい部分に分けて、いろんな視点から語ればいいのでは……この2冊は、そういう考えの上に構築されています。シャーロック・ホームズの帰納的推理みたいなものかもしれません。あれは出来るだけ小さな多くの事実を収集、分析して、大きな全体像を理解するものでしょう。だから、私たちは読者にそれぞれのテーマについて、広い事実のパノラマと多くの異なる観点を提供したのです。絵とか、小さな説明文とか、大きなメインの文章とか、絵本のすべての部分が、メインのアイデアのために機能する。それは、音と視覚についての私たちの知識を可能な限り広いパノラマでさらけ出すということです。
また、ノンフィクションの絵本でも、いつも狂言回しのような特別なキャラクターを登場させるのが好きです。名前はないけど、彼か彼女かそいつに、ちょっと変わった個性を持たせるんです。例えば、『うるさく、しずかに、ひそひそと』の場合、登場人物の「彼」は音のコレクターで、ヘッドホンを付け、音を集めるための変な機械を持っています。それから、彼が寂しくないように友だちも作りました。頭の代わりにスピーカーを付けた犬みたいなペット、スチームパンクみたいなロボット的生物です。私たちの本はこれらの架空のキャラクターのおかげで、真面目すぎたり、マニアックすぎたりしません。子どもたちにとっては、ただ退屈な事実を読むよりも、面白いキャラクターのいる本を読む方が楽しいですからね。
―2015年ニューホライズン部門のボローニャ・ラガッツィ賞を受賞した『ロンドを変えた戦争』(P.90)は完全なるフィクションです。この絵本をとおして伝えようとしたことは何だったのでしょう。
この本は2014年に始まったロシアのクリミア侵攻とウクライナ東部の戦争に対する、素直な感情の反応です。自分たちの国で起きた恐ろしい出来事に深いショックを受けたし、実際私たちは恐怖の目撃者です。突然何千人もの人々の、とりわけ子どもたちのいる場所が戦争、爆撃、破壊の中心地になりました。人々は家を失い、国内避難民になり、多くの人が亡くなった。親たちは子どもたちにこの国で起きていることをどう説明していいのか分からず、言葉を失いました。ウクライナには戦争という過酷なテーマをシンプルな言葉で語ってくれる子どもの本がなかったんです。だから私たちは、親子が戦争についてじっくり話し合う起点になるような絵本を作ろうと決めました。実際に軍事活動が行われている地域で、たくさんの子どもがこの絵本を愛してくれていると知って、心底うれしかった。国中の子どもたちから、何十通も手紙や絵を受け取りました。
―この本は「町の住民は変わりました。1人ひとりが、ロンドを永久に変えてしまった戦争の、悲しい記憶をもっています」と結ばれます。2014年以降の大きな変化として、何を感じていますか?
子どもたちに対して正直であることは大切で、作品のなかでもいつも正直でいたいと考えています。だから、この戦争についての絵本は古典的なハッピーエンドではありません。戦争は現実に我々を変えたし、生活は元通りにはなりません。精神的にも物理的にも両方……精神的にはもちろん、みんな変わりました。いまでは私たちは常に危険を感じ、抵抗する準備をしています。誰もが「敵」「武器」、あるいは「死」という言葉を日常的に使うようになりました。個人的には、世界を白か黒かで見ることは絶対避けたい。戦争こそが、この危険な思想を植え付けるものだからです。戦争は物理的にも、多くのウクライナ人を変えました。殺された人、傷付いた人が何千、何万といます。毎日、この恐ろしい数字を目にし、味わったことのない果てしない喪失感を覚える。でも、みんなが互いに支え合い、乗り越えるために出来る限りのことをしています。
(最終回に続きます)
〈プロフィール〉ロマナ・ロマニーシン&アンドリー・レシヴ(Agrafka)
写真向かって右がロマナ、左がアンドリー。共に1984年ウクライナ生まれ、リヴィウ国立美術大学卒業。ウクライナのリヴィウを拠点に、絵本を中心に活動するアーティスト。アート・スタジオAgrafka主宰。2011年BIB出版社賞、2017年『うるさく、しずかに、ひそひそと』BIB金牌、2018年前述の絵本とその姉妹作『目で見てかんじて』でボローニャ・ラガッツィ賞ノンフィクション部門最優秀賞受賞。日々、本と絵画とコーヒーで満たされたスタジオで制作している。彼らのことをもっと知りたい方は、ぜひウェブサイトへ(https://agrafkastudio.com)。
本記事は『イラストレーション』No.227の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。
『目で見てかんじて:世界がみえてくる絵本』(河出書房新社)
『うるさく、しずかに、ひそひそと:音がきこえてくる絵本』(河出書房新社)
本インタビューも掲載されている『イラストレーション』No.227。巻頭特集「人を描く」では、雪下まゆさんをはじめ、いま注目の6名のイラストレーター、アーティストを紹介しています。