世界が注目するウクライナのアートスタジオ「Agrafka」の絵本作り(最終回)

ウクライナを拠点に活動するアートユニット「Agrafka(ロマナ・ロマニーシン&アンドリー・レシヴ)」はブラチスラバ世界絵本原画展(以下BIB)金牌やボローニャ・ラガッツィ賞を受賞するなど、世界から注目を集めています。彼らが制作した多種多様な絵本のうち2冊は、2019年に日本でも翻訳刊行されました。伝えたい事柄によって自由自在に表現が変化する、魅力溢れる絵本はどのように作られているのでしょうか?

本誌で紹介しきれなかったインタビューの完全版を全3回にわたって掲載します。

取材:広松由希子
協力:田中優子 河出書房新社

* この記事は『Illustration』No.227に掲載された「Artist in the World:Number 11 ウクライナ|ロマナ・ロマニーシン&アンドリー・レシヴ(Agrafka)」インタビューの完全版です。

* 以下、邦訳出版されていない書名は『ウクライナ語書名(日本語訳)』と表記します。

 

(連載のまとめはこちらから。)

 

 

2人が暮らすウクライナのこと

―2人とも西ウクライナのリヴィウの文化の影響下に育ったと聞きました。リヴィウの文化的な特徴と、ウクライナの美術や文化の魅力について教えて下さい。

 はい。2人とも西ウクライナで育ちました。ロマナは、西ウクライナの大都市リヴィウで生まれ、アンドリーはリヴィウから200km離れたカルパティア山脈地方で生まれ育ちました。ウクライナは何世紀もの間、非常に困難な歴史をたどってきました。東ウクライナは17世紀後半からロシアの弾圧下にありましたし、私たちの出身地で、在住の西部は、第二次世界大戦まではオーストリア=ハンガリー帝国とポーランドの一部でした。私たちの国が独立したのは、1991年になってからです。だから、それぞれの地域で異なる文化背景があります。

 リヴィウはガリツィア地方で最も大きな都市。歴史的にも地理的にも中央ヨーロッパと東ヨーロッパの間に位置する、多文化の街です。ウクライナ人、ポーランド人、ユダヤ人、ドイツ人、アルメニア人がずっと住んでいて、それぞれのコミュニティがパワフルでユニークな文化背景をもっています。街は、美しい建築、多くの大学、文学と音楽と芸術の伝統があり、多くの伝説とおいしい料理にあふれています。リヴィウの人々はホスピタリティで知られ、街はまさに文化のるつぼです。

 リヴィウとガリシア地方は、常にウクライナ文化とアートの中心でした。例えば、ここではキリスト教のイコンが職業画家も民画としても発達したんです。15〜17世紀のウクライナのイコンは、私たちに絶大な影響を与えました。その美学は抽象画、ミニマリズムやコンセプチュアルアートにも通じます。私たちはウクライナのイコン画から本当に多くのインスピレーションを得ています。以下に、ウクライナ文化の魅力を知るためのサイトなどを紹介します。

 

【1】ドキュメンタリー映画とフェスティバルは本当にすごくて、近年は多くの賞を受賞しています。

 

【2】音楽もとても面白いですよ。民族音楽と詩と電子音楽による実験的な音楽です。私たちのお気に入りは、下記の5人です。

 

【3】ウクライナ文学には伝統がありますが、いろんな言語に翻訳されている現代の作家のものをおすすめします。例えば、Yuri Andrukhovych(未邦訳)、 Taras Prokhasko(未邦訳)、 Andrei Kurkov(新潮社から『ペンギンの憂鬱』『大統領の最後の恋』など)、Oksana Zabuzhko(未邦訳)、 Sofia Andrukhovych(未邦訳)。

 

【4】毎年ウクライナではフェスティバルがたくさん開催されます。その多くは本に関するもので、2大ブックフェアはリヴィウとキエフのもの。このリンクからは、ウクライナの本について、もっと知ることが出来ます。

 

【5】ウクライナ・イコンの例として2枚の写真を送ります。

左:「最後の審判」15世紀末、ガリシア地方、板にテンペラ 188x137cm
右:「地獄への転落」16世紀後半、ガリシア地方、板にテンペラ 高さ約1m

 

―Agrafkaの登場によって、ウクライナの絵本文化は大きく変わったのではないかと思うのですが、最近のウクライナの絵本について、どう思いますか?

 ウクライナは古典的な子どもの本のイラストレーションには長い伝統があります。イラストレーターは、たいてい文章通りに挿絵を描き、イラストレーションの役割を狭めていました。でも私たちは、イラストレーションが文の挿絵以上のものであり、絵本は子どもの成長に重要な役割を担うと信じています。2人共、根源的なテーマを探り、限界を超えて、知識を広げてくれる物語が好きなんです。時には戦争や死や病気など、重いテーマもありますが、子どもとの対話の中でタブーはないほうがよいと考えています。すべきことは、子どもたちにふさわしい話し方、正しい言葉を選ぶこと。「成熟した市場」というのは、子どもたちがあらゆるテーマの本に対して広く選択肢を持てることを言うのだと思います。近年、ウクライナの絵本市場は「成熟した市場」を目指すようになりました。この国はまだ若いので市場も発展途上ですが、独自の質と表現方法を探っています。

 

―今後の展望、新しいプロジェクトについて教えて下さい。

 新作は『進行中』という絵本で、前進すること、旅すること、そして自分の道を見付けることについて語っています。私たちは「境界」にある仕事が好きです。フィクションとノンフィクションとか、アートと哲学とか。だから、これからもこの方向で仕事を続けていくつもりです。

『Куди і звідки(進行中)』(Old Lion Publishing House)2020年秋
新型コロナウィルスの影響下のいま、「移動」をテーマにした彼らの絵本を読める日が待ち遠しい。

 

ありがとうございました!

 

〈プロフィール〉ロマナ・ロマニーシン&アンドリー・レシヴ(Agrafka)

写真向かって右がロマナ、左がアンドリー。共に1984年ウクライナ生まれ、リヴィウ国立美術大学卒業。ウクライナのリヴィウを拠点に、絵本を中心に活動するアーティスト。アート・スタジオAgrafka主宰。2011年BIB出版社賞、2017年『うるさく、しずかに、ひそひそと』BIB金牌、2018年前述の絵本とその姉妹作『目で見てかんじて』でボローニャ・ラガッツィ賞ノンフィクション部門最優秀賞受賞。日々、本と絵画とコーヒーで満たされたスタジオで制作している。彼らのことをもっと知りたい方は、ぜひウェブサイトへ(https://agrafkastudio.com)。

 


本記事は『イラストレーション』No.227の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。

 

『目で見てかんじて:世界がみえてくる絵本』(河出書房新社)

『うるさく、しずかに、ひそひそと:音がきこえてくる絵本』(河出書房新社)

 

本インタビューも掲載されている『イラストレーション』No.227。巻頭特集「人を描く」では、雪下まゆさんをはじめ、いま注目の6名のイラストレーター、アーティストを紹介しています。


関連記事