『イラストレーション』No.221の特集より、共に漫画家・イラストレーターの江口寿史さんとサヌキナオヤさんによる対談を全3回にわたって掲載します。
キャリアは異なる2人ですが、絵や音楽、漫画など共通項も多いことが対談をとおして、徐々に判明。終始、和やかな対談となりました。
文:柿本康治 撮影:水島大介
協力:クワランカ・カフェ
(連載のまとめはこちらから)
いい感じのヘタさ加減
江口寿史:最近の若い人の絵を見て感じるのは、いい感じのヘタさ加減。あんまりうまいと、ダサいって感じない?(笑)。
サヌキナオヤ:トミネもめちゃくちゃうまいって感じではないですよね。
江:そう、彼もおれが初めて見た時より今の方がヘタに描いてる気がして、それはわざとだと思う。
サ:線が少なくなっていたり、背景がずんぐりむっくりになっていたり。これは意識して描いてますよね。
江:そういう感じをおれも取り入れたいんだけど、おれはうまくなっちゃったからヘタになかなか戻れないんだよ(笑)。だから、若い人のラフさがいいなと思う。サヌキさんは、そのあたり意識してる?
サ:「ヘタウマ」というのは自分には出来なくて……、パッと見はうまいというかリアルに見えるように描いてますね。
江:でもディテールまでは描かないじゃない? 例えば建物を描くのでも、窓は描いても窓枠までは描かないというか、細かいところは意識してそうしてるよね。おれはつい描いちゃうんだよなぁ……。例えば、プロダクトのメーカー名も分かるくらいに描く。くどくて嫌だなぁと我ながら思う時がたまにあって、それが今一番の課題だね。うまい感じのラフさを出すために線を抜いたりして。
サ:線を抜くのは僕もめちゃくちゃやります。
江:下描きの時はもっと線をしっかり描くけどね。おれは漫画から始めて、大友克洋さんとかの洗礼を受けてるから、シワをしっかり描きたくなる。そうするとさ、実物を見ないと描けないんだよね。サヌキさんの絵が持つ要素をおれも取り入れたい。
サ:そもそも、僕は絵がうまくないんですよね。それはめちゃくちゃ自覚していて。
江:おれもだよ。もともとはヘタで、画業40年の間にうまくなった、というかうまく見せられるようになったというかな。絵はリアルでうまい方がいいという価値観のなかで育ってきたけど、若い人の絵を見て、その考えにどこか行き詰まりを感じることも最近増えてきた。
サ:僕の場合、服のシワはリアルじゃないところに引くことも多いです。トミネの線の引き方に憧れてきたから、リアルかどうかじゃなくて、理想の画面に近くなるかどうかですね。あと自分はデッサン的にはヘタなんですけど、かといって開き直ると下品になる気がしてしまうので……。うまさにしがみつきつつも諦めないというか……。
江:うん、サヌキさんは逃げていない感じがする。それと、画面構成のうまさは絶対あるよね。
サ:僕はパソコンを使って描いていて、レイヤーに分けて画面を作りこんでいます。
江:要素をバラバラに描くってこと?
サ:そうです。ラフをコラージュみたいに作る時もあります。画像を部分的に置いていって、それを基に描く。描くというより、作るっていう感覚が近いかもしれません。
江:作る、ね。そうね、おれもどっちかと言うと、そっちかも。パソコンでの作業が長くて、自分で撮った写真を基に描いたりする。寺田克也さんとか、資料に頼らずまったく下描きなしで絵を紡ぎ出せる人ってすごいし、楽しいんだろうなーと思うけど、真似したくても出来ない。
サ:江口さんは、ペンで描いた要素をスキャンしてデータで取りこんで組み合わせるという流れですか?
江:うん、後から要素を継ぎ足したりするよ。位置を調整したり、レイアウトはパソコン上でやるね。
サ:でも、昔はカラートーンを貼ったり、紙の上で完結してたんですよね。
江:そうだね、あの頃は失敗出来ないから息止めて貼ってたよ。よけいな気泡やホコリが入らないように、もう描くというより、襖貼り職人みたいな作業(笑)。
サ:漫画家の仕事って描くというより、スクリーントーンやカッター、修正液などの元はと言えばデザイン用品を駆使して1枚の原稿を作るという感じですよね。僕は漫画家寄りのイラストレーターなので、そういう感覚なんだと思います。
仕事が次の仕事に繋がっていく
江:シャムキャッツは昔から付き合いがあって、ジャケットの依頼があったの?
サ:いや、シャムキャッツは『ユースカ』(*12)という漫画誌に載っていた僕の漫画を見て、オファーしてくれました。Homecomings(*13)というバンドは、そのシャムキャッツとの仕事を知ったのがきっかけで声をかけてくれて、彼らは僕と同じく京都のトランスポップギャラリーに通っていたのもあって、根っこが一緒というか、波長が合うので、たくさん仕事をさせて貰ってますね。
(*12)『ユースカ』…2013年よりジオラマブックスが不定期に発行する自主制作漫画誌。気鋭の若手漫画家やイラストレーター、音楽家が参加している。
(*13)Homecomings…2012年、京都で結成された4ピース・バンド。アートワークをサヌキナオヤさんが手がけ、映画上映とアコースティック・ライブのイベント「New Neighbors」を共同企画で開催している。
江:サヌキさんが街の風景を描いたHomecomingsのアルバム、ジャケ買いしましたよ。
サ:うれしいです……!「SALE OF BROKEN DREAMS」ですね。あれは完全にオルタナティヴ・コミックスの感じを意識して描こうという話になりました。自分が好きな音楽を作るバンドから依頼があって、すごく幸せでしたね。江口さんは昔からCDジャケットのお仕事をしていますよね?
江:『すすめ!!パイレーツ』を読んで音楽が好きになった世代から依頼を受けたり、銀杏BOYZ(*14)の峯田くんは中学生の時に『ストップ!! ひばりくん!』が好きでお願いしてくれたり。漫画きっかけの依頼が多いね。
(*14)銀杏BOYZ…2003年、Going Steadyのヴォーカルだった峯田和伸さんを中心に結成されたパンクバンド。アルバム「君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命」のジャケットを江口さんが手がける。
サ:ジャケットのデザインはどこまでやりますか?
江:オファーされた時にどこまでの作業をして欲しいのか確認して、自分がやらない場合は相性のいいデザイナーに頼む。
サ:自分の絵のデザインを誰かに任せたいんですけど、ある友人に「サヌキさんの絵は、デザインでこうしてくれというのが決まっているから、手を出しにくい」と言われてしまって……。僕はどうデザインしてくれてもいいと思っているつもりだけど、内心ではそうじゃないのかなって。デザインの余地を残さないところに自分の限界を少し感じています。
江:サヌキさんの絵作りはデザイン的な要素があるからね。ディレクションはサヌキさんがやって、文字組みとかフィニッシュの部分はデザイナーにお願いしたらいいんじゃない?
サ:ただ、それだとやる仕事が多くなっちゃって……。
江:いいじゃん、好きでやるんだから。そこは苦労しなさいよ(笑)。出来た時に自分の思い描いたのと違うと、嫌でしょ?
サ:そうなんです。Homecomingsに関しては、最初から全体のアートディレクションまで任せてくれてありがたいんですけど、デザイナーさんとの仕事のバランスはいつも悩んでいます。
江:自分が関与する割合が大きいほど、仕上がりにはやった甲斐がちゃんと出てくるからね。サヌキさんは単行本の装画の仕事もやってるよね?
サ:最近は書籍のカバーとか、雑誌のカットとかが主な仕事です。でも今は漫画がやりたいんです。『月刊コミックビーム』(*15)の2019年1月発売号から連載が始まる予定で、第2話のネームを今描いています。物語の原案は、Homecomingsのギタリストで作詞もしている福富優樹くんが担当しています。
(*15)『月刊コミックビーム』…1995年に創刊された漫画雑誌。KADOKAWA発行。個性的な作品を多く収録する。
江:へーっ! それは楽しみだ。日本にまだあまりないジャンルの漫画になりそうだね。1話8ページくらい?
サ:いや、24ページです。
江:多いな……(笑)。それは大変だね。
サ:映画とかドラマが好きだから、物語を自分も作りたいという気持ちがあって頑張りたいんですが、僕も筆が遅くて……。
江:おれも同じ(笑)。ヘタだから時間かけるしかないんだよね。
サ:描いたら終わりとはならなくて、漆塗りのように二重、三重に塗っていって、やっとOKが出せる。
江:そうそう。寝て次の日になると変なところが目に付いて直したくなる。女の子の目を0.1ミリ縮小するとか、ほかの人が見たらどこを直したか分からないレベルだったりするんだけど。
サ:手離れが悪いので、自分も苦労するし周りにもさせてます……。
江:いや、サヌキさんのよさが出るなら、それはきっといいことだよ。
サ:でも漫画はそうはいかないじゃないですか。1枚の絵が100個くらいあるわけで。
江:あれは大変だよね……。描きたくないコマも描かないといけないし。
サ:時間もエネルギーもかけなければ出来ないので、来年は出来るだけ漫画だけの年にしようと思っています。
江:よし、おれもそうしよう! 漫画に主体を戻そう(笑)。
サ:本当ですかっ!?(笑)。
江:イラストレーションばっかり描いてきた年月を漫画にどう活かすか。それが大きな課題だね。
サ:それこそトミネの漫画みたいに、カラーの絵が連続する漫画が見たいです。
江:それは無理だ〜(笑)。『週刊少年ジャンプ』で描いてた時みたいに、扉ページだけなら出来るかな。ペン入れまでは手ですると思うけど、トーンだとかその後の作業はパソコンでやるだろうな。
(第3回に続きます)
<プロフィール>
えぐちひさし/1956年生まれ。漫画家、イラストレーター。『週刊少年ジャンプ』でデビュー。代表作に『すすめ!!パイレーツ』、『ストップ!!ひばりくん!』などがある。80年代以降はイラストレーターとしても活躍し、資生堂、Zoffなどの広告からインディーズバンドのCDジャケットまで幅広く手がける。2015年に画集『KING OF POP』、2018年には画集『step』を出版した。
さぬきなおや/イラストレーター、漫画家。1983年京都生まれ。坂口恭平、滝口悠生などの著書の装丁や『POPEYE』(マガジンハウス)の表紙などを手がける。バンド「Homecomings」のアートワークも担当。今年から『コミックビーム』(KADOKAWA)で連載をスタート。
本記事は『イラストレーション』No.221の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。
『KING OF POP』
江口寿史さんの38年にわたる「イラストレーションの仕事」をほぼすべて網羅。『すすめ!! パイレーツ』『パパリンコ物語』『ストップ!! ひばりくん! 』『エイジ』『ひのまる劇場』などの名作から、目にする機会の少なかった貴重なカットの数々を一堂に見ることが出来ます。
最新号『イラストレーション』No.227の巻頭特集は「人を描く」。雪下まゆさんをはじめ、いま注目の6名のイラストレーター、アーティストを紹介しています。