『イラストレーション』No.221の特集より、共に漫画家・イラストレーターの江口寿史さんとサヌキナオヤさんによる対談を全3回にわたって掲載します。
キャリアは異なる2人ですが、絵や音楽、漫画など共通項も多いことが対談をとおして、徐々に判明。終始、和やかな対談となりました。
文:柿本康治 撮影:水島大介
協力:クワランカ・カフェ
(連載のまとめはこちらから)
きっかけはエイドリアン・トミネ
江口寿史:はじめまして。近年の若いイラストレーターのなかでもっとも気になる1人ということで、今回サヌキさんに対談をお願いしました。
サヌキナオヤ:お声がけ頂いて、すごく驚きました。ありがとうございます。恐れ多くて緊張していますが、どうぞよろしくお願いします。
江:サヌキさん、出身は関西でしたよね?
サ:そうです。生まれも育ちも京都で、美術大学に通っていました。でも、その頃、学んでいたのはイラストレーションではなくて、映像です。大学を卒業してから、上京してきました。
江:ああ、そうなんだ。今も映像は作ってるの?
サ:アニメーションを少しだけ作っています。東京に来て10年くらいになりますが、もともとイラストレーターになるつもりはありませんでした。CDジャケットの仕事などを引き受けているうちに、成り行きという感じです。今の絵柄になって4、5年ほどです。江口さんは僕の絵をどこで見つけてくれたんですか?
江:2001年頃にエイドリアン・トミネ(*1)のことを知って、彼の絵が好きになってずっと追いかけてたの。その後、サヌキさんが描いたシャムキャッツ(*2)のアルバム「AFTER HOURS」のCDジャケットを見て、トミネに近いものを感じて。「日本にもこんな絵を描く人がいるんだ!」って。それがサヌキさんを注目するようになったきっかけですね。
(*1)エイドリアン・トミネ…1974年アメリカ生まれ。コミック作家。代表作に短編漫画シリーズ『OPTIC NERVE』などがある。雑誌『The New Yorker』の表紙やインディー・ロックバンド「Yo La Tengo」のCDジャケットなど、幅広いジャンルでイラストレーションを提供している。
(*2)シャムキャッツ…日本のギターポップバンド。日本語によるオルタナティヴロックの探求と、インディペンデントなバンド運営を主軸に活動。
サ:ありがとうございます。最近、Instagramで江口さんが僕をフォローして、作品を見てくれているのが純粋にうれしいです。
江:こんな特集があったの、知ってる?(かばんから雑誌を取り出して見せる江口さん)
江:2001年に出た『bounce』(*3)なんだけどさ。これでアメリカのオルタナティヴ・コミックス(*4)の特集をやってたの。これを読んで、初めてトミネのことを知ったんだ。この頃はトミーネって表記してるね。
(*3)『bounce』…CDショップ「タワーレコード」が発行するフリーマガジン。
(*4)オルタナティヴ・コミックス…1980年代にアメリカで登場したある漫画作品群の呼称の1つ。典型的な作品として、1人の作家による単独作業で成人を読者と想定し、実験的作風を採用していることが多い。
サ:こんなにいい特集してたんですね! 初めて知りました。
江:そうそう。それからトミネの短編漫画『OPTIC NERVE』を渋谷のタワーレコードで買い集めたり。
サ:「タワーレコードなら購入出来るけど、ほかで買えるところがない」と当時東京の知り合いが言っていたのを覚えています。京都にいた僕は、そうしたコミックスを扱うトランスポップギャラリー(*5)という場所に大学生の頃から通って作品に触れていました。
(*5)トランスポップギャラリー…京都府左京区にある、コミックスを中心としたギャラリーショップ。
江:おれはダニエル・クロウズ(*6)の存在もトミネの後に知ったから、時代を遡っていった感じだね。
(*6)ダニエル・クロウズ…1961年アメリカ生まれ。コミック作家、イラストレーター。コミックブック・シリーズ『Eightball』で主に作品を発表する。原作を描いた「Ghost World」「Art School Confidential」の映画化に脚本家として参加。
サ:トミネを知る前も、似たような画風の絵が好きだったんですか?
江:いや、あんまりこういうテイストの絵は見たことがなかったんだけど、強いて言うなら『タンタンの冒険』(*7)と、それに影響された一派の絵がずっと好きで。簡略化されてくっきりとした線で描かれた絵にどうしても目がいくんだよね。アメリカの一般的なコミックとは全然毛色が違うじゃない? 淡くて微妙な色使いとか、ヨーロッパのバンド・デシネ(*8)の影響も見られるし。
(*7)『タンタンの冒険』…ベルギーの漫画家・エルジェの代表作。少年記者のタンタンと犬のスノーウィが旅する物語。1929年に生まれて以降、世界各国で翻訳されて親しまれている。
(*8)バンド・デシネ…フランス、ベルギーなどを中心とした地域の漫画のこと。略称B.D.(ベデ)。代表的作家に『タンタンの冒険』シリーズで知られるエルジェや、メビウスなどがいる。
サ:実はバンド・デシネのことはあまり知らなくて、最初からアメリカのオルタナティヴ・コミックスが好きだったんですよね。僕にとっては『STUDIO VOICE』313号での特集が教典のような感じで。
江:うん、サヌキさんの絵を見た時に「絶対そういうのが好きなんだろうな」と感じて、それ以来ずっと注目していて……ファンです(笑)。
サ:ありがとうございます! 日本のイラストレーターでこうした絵を描く人がいないというのはなんとなく感じてて、啓蒙ってことも意識しながら堂々とやっています(笑)。
江:確かにあんまりいないよね。最近だもんね、トミネの画集が日本で出るようになったのも。
サ:タイムラグなく日本で訳書が出されるようになったのは、つい最近のことですね。
イラストレーションに対する好みも近い2人
江:去年から絵だけ投稿する自分のInstagramアカウントを作って、そこではフォローするのもほとんど絵を描く人だけにしてるんだけど。それで、おすすめのアカウントに出てて、いいなと思う人をフォローしてみると、サヌキさんが先にフォローしてることが多い(笑)。サヌキさんとは絵の好みも合いそうだと思った。
サ:Instagramでいいイラストを探すのは、本当に楽しいですよね。絵に対して共通の意識や好みを持ってる人がいるんだってうれしくなるし、今まで全然知らなかった人もたくさん出てくるので。
江:うんうん。2017年の3月からやってて、国や老若男女、有名無名問わずいいなと思う人をフォローしてる。世界にはうまい人がいすぎて悔しくて嫌になっちゃう(笑)。でも、貰う刺激もいっぱいある。長く仕事していると描くことに対する意識が凝り固まっちゃうから、俺にとってはすごく新鮮。R・キクオ・ジョンソンって人は知ってる?
サ:知ってます! 日系アメリカ人のイラストレーターで、ユーモアの目線や絵柄がトミネっぽいですよね。トミネの色合いがCMYKだとすると彼はRGBっぽくて、ピンクとか鮮やかな青を使う印象です。トミネのフォロワーの1人として、僕も注目しています。
江:トミネよりも線が多くて、絵が丁寧だよね。サヌキさんが最近注目している人は他にもいますか?
サ:クロアチアの漫画家で、トンツィ・ゾンジックという人がいます。いわゆるアメコミ仕事ではインカーやカラーリストなど絵専門で活動されていますが、個人でも漫画を描かれていてWebでも少し読めます。黒の使い方が最高にかっこよくて、今一番憧れる絵柄です。
江:その人もInstagramで見つけたの?
サ:はい。線の描き方のラフさもいいなーと思います。
江:(サヌキさんにInstagramを見せられて)ああ、いいなぁ! 見てると絵が描きたくなっちゃうね(笑)。
サ:モチベーションを上げるためにInstagramを見ている面もあります。
江:ほんとそうだよね。若くて面白い人を見つけると、悔しくて自分もまだまだだなーと思える。
サ:トミネやクロウズは、江口さんより年齢は下ですかね?
江:うん、クロウズは近いけど、トミネは18歳くらい下だね。
サ:同世代に限らずこういう話が出来る人がなかなかいなくて、江口さんといつかお話出来ればと思っていました。以前、オルタナティヴ・コミックスについてのZINEを作ろうと思った時、不躾ながら江口さんに寄稿の依頼をしたことがありました。タイミングが合わず残念ながらダメだったんですけど、その時のZINEを今日はお持ちしました。
江:ありがとうございます。ああ、いいね。
サ:これはイベントに合わせて作ったZINEで、そのイベントでは「Ghost World」というクロウズ原作のアメリカ映画を上映しました。映画についてのテキストを載せたり、オルタナティヴ・コミックスについて漫画家のカネコアツシさん(*9)に寄稿して貰いました。カネコさんもチャールズ・バーンズ(*10)などに影響を受けている1人だと思って尊敬しています。
(*9)カネコアツシ…1966年生まれ。漫画家、イラストレーター。代表的な漫画作品に『BAMBi』など。
(*10)チャールズ・バーンズ…1955年、ワシントンD.C.生まれ。大学でファイン・アートを学んだ後、80年代にオルタナティヴコミックの中心的雑誌『RAW』などで活躍。日本では『ブラック・ホール』が2013年に小学館集英社プロダクションより発行された。
江:最近だと、望月ミネタロウくん(*11)もそっちにいってるなって感じるよね。
(*11)望月ミネタロウ…1964年生まれ。漫画家。代表作に『ドラゴンヘッド』など。『東京怪童』連載中に望月峯太郎から名義変更。
サ:「Ghost World」が公開された2001年頃がオルタナティヴ・コミックスの全盛期で、それ以降注目度が下がっている気がするから、また日本でも盛り上がるといいなと思います。
(第2回に続きます)
<プロフィール>
えぐちひさし/1956年生まれ。漫画家、イラストレーター。『週刊少年ジャンプ』でデビュー。代表作に『すすめ!!パイレーツ』、『ストップ!!ひばりくん!』などがある。80年代以降はイラストレーターとしても活躍し、資生堂、Zoffなどの広告からインディーズバンドのCDジャケットまで幅広く手がける。2015年に画集『KING OF POP』、2018年には画集『step』を出版した。
さぬきなおや/イラストレーター、漫画家。1983年京都生まれ。坂口恭平、滝口悠生などの著書の装丁や『POPEYE』(マガジンハウス)の表紙などを手がける。バンド「Homecomings」のアートワークも担当。今年から『コミックビーム』(KADOKAWA)で連載をスタート。
本記事は『イラストレーション』No.221の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。
『KING OF POP』
江口寿史さんの38年にわたる「イラストレーションの仕事」をほぼすべて網羅。『すすめ!! パイレーツ』『パパリンコ物語』『ストップ!! ひばりくん! 』『エイジ』『ひのまる劇場』などの名作から、目にする機会の少なかった貴重なカットの数々を一堂に見ることが出来ます。
最新号『イラストレーション』No.227の巻頭特集は「人を描く」。雪下まゆさんをはじめ、いま注目の6名のイラストレーター、アーティストを紹介しています。