タフで美しい女性を描く 香港のクリエイターLittle Thunderさんが語った「絵を描くこと」

目が覚めるようなタフで美しい女性を描く香港の漫画家・イラストレーター、Little Thunderこと門小雷さん。近年、日本でも活躍する彼女のインタビューをお届けします(内容は、『illustration』No.218掲載時のものです)。

香港でクリエイターとして活動すること、出版に携わることは日本とは異なる苦労がある。シャイでどちらかといえば無口な彼女が、真摯に、時にユーモラスに、絵を描くことについて語ってくれました。

編集協力・通訳:野村麻里
取材協力:大林えり子(ポポタム)

 

原体験と影響

――絵を描き始めた頃のことを覚えていますか。

 一番古い記憶は3歳の頃。両親が書家(*1)なので、家中に画材がありました。子どもの頃は誰でも絵を描くけど、普通は10歳くらいで描くのを止めてしまいますよね? でも、私は今まで1度も絵を描くのを止めようと思ったことがありません。絵を描くことは自分にとって、息をするように自然なことなんです。

 その後、8歳くらいで自然に漫画を描き始めて、高校を卒業する頃にプロになろうと決めました。ただ頑張ってプロになろうと思っていたわけではなくて、とても自然な流れで。ほかの仕事に就くことが思い付かなかった、という感じです。でも、活動を始めてから10年くらいは本当にお金がなかった。なぜなら、香港の出版社は私の本を出版しようと全然思ってくれなかったから……(笑)。

*1 書家…中国の書家は、日本の書家と違って絵も描く。

――最初に描いた漫画はどんなものだったんでしょう。

 少年漫画でしたね。子どもの頃はそういった漫画を読んでいましたし、「幽☆遊☆白書」や「魔神英雄伝ワタル」、「新世紀エヴァンゲリオン」などをよくテレビで見ていたんです。

――影響を受けた人やものはありますか。

 小さい頃は父に、その後は日本や欧米の漫画家たちから影響を受けました。具体的に言えば、クリス・ウェアさん、楊擧徳さん、大友克洋さん、松本大洋さん、手塚治虫さんなど。それから、ゴッホ、印象派やシュルレアリスムの画家たちにも。他者からの影響を嫌がるクリエイターもいますが、私はそういったことで自分自身が揺らいだり、変わってしまうとは思いません。むしろ、自分が豊かになっていくように感じています。

『宇宙不安學會曁門小雷繒圖筆記本』(kubrick)2009年 漫画
雑誌で連載していた時代の漫画がまとめられており、小雷さんの原点を垣間見られる。

 

香港での活動

――仕事が軌道に乗ったのはいつ頃?

 2010年にフランス語圏の本を出版するベルギーの出版社から依頼を受けて『KYLOOE』(*2)いう漫画を出版して、中国語版を出版するためにたくさん出版社を回ったけど、誰も興味を持ってくれず、あまりうまくいきませんでした。結果的には出版することが出来たんですが、その時「もう香港の出版社は信用しない」と思いました。最近は香港の出版社からも依頼がきますが、断っています。

 流れが大きく変わったのは、2012年に自分で作品集を出版した時ですね。香港のRAT’S CAVE GALLERYという場所での展覧会に合わせて、500部限定で『NIGHTINGALE 夜記』という本を作りました。今でもそのギャラリーのオーナーだったKatolと組んで、本の出版を続けています。出版社からの依頼で漫画を描いていた頃みたいに、版権料が安かったり、支払われなかったりということがなくなって収入が安定し、依頼される仕事の質も上がりました。

 Instagramのフォロワーが増えたのは、2年くらい前かな。女の子を描く過程の動画をアップしたところ、なぜか爆発的に増えました。

*2 『KYLOOE』…2010年~2012年にベルギーの出版社Kanaから出版された漫画(全3巻)。香港では、2013年に三聯書店が出版。不思議な怪物、KYLOOEを軸として描かれる、3人の少年少女の物語。

『NIGHTINGALE 夜記』(RAT’S CAVE)2012年 作品集
RAT’S CAVEという屋号で、Katolさんと出版を始めるきっかけになった作品集。
『Remember To Forget 2003-2013』(RAT’S CAVE)2013年 作品集
2003年~2013年までの画業の集大成。この間の小雷さんの変遷を辿ることが出来る。

 

――今はどんな風に活動しているんですか。

 絵を描いて、自分の本を出版しています。今香港にはほとんど漫画雑誌がなくて、市場がないに等しいんです。あと1年ほど前から、エージェントと契約してKOL(*3)の仕事もしています。例えば、有名ブランドの化粧品の新作を絵に描いてSNSにアップする、というような。多くの女性がこういった仕事をやりたがっていますが、正直私はあまり積極的ではありません。漫画や絵はずっと残るけれど、そういう仕事は自分が年をとった時に何も残らないから。SNSも同じです。Likeを貰っても、その時うれしいだけ。でも、フォロワーが減ることやLikeが付かないことで、苦しくなってしまう人が今はたくさんいる。だから、あまりSNSに依存しないようにしないと。

*3 KOL…Key of Opinion Leaderの略で、SNS上で影響力のあるアカウントのこと。現在、オンラインマーケティングで重要な役割を担う。

――SNSが普及したことによる変化を感じますか。

 ウケるかどうか、みんなが好きか嫌いか。そういうことをより強く意識するようになって、クリエイターの考え方が変わったと思う。昔はあまりそういうことを考えないで描いていた気がします。

 

 

女性を描く

――強くて美しい女性を中心に描くようになったきっかけがあれば教えて下さい。

 今のように強くて逞しい女性を描き始めたのは、やっぱり8年くらい前にポールダンスを始めたからだと思います。“強い女性”というのは“見た目が強そう”という意味ではなくて、内側に自分自身をしっかり持っている人、自信を持っている人のこと。強い女性はセクシーだし、私はそういう人が好きです。

 ちなみに、ポールダンスを始めたきっかけは「クローサー」(*4)という映画でした。ストリッパーの女性が出てくるんですが、その人のポールダンスを見て「きれい! 女性ってこうなんだ!」って思ったんです。もともと運動は得意じゃなかったけど、始めてみたら面白くて……。夢中だった頃は、週3回くらいスタジオで練習していました。ただ鍛えるだけじゃなく、内側からコントロールして身体を作っていくんです。ポールダンスを始めたことで、心身共に強く、美しい女性がどうやって作られていくかを学んだような気がしています。

*4 「クローサー」…2004年制作のアメリカ映画。マイク・ニコルズ監督が、4人の男女の恋愛模様を描く。ストリッパーの女性をナタリー・ポートマンが演じた。

『The Blister Exists』(RAT’S CAVE)2016年 作品集
1,000ページを超えるボリュームでポールダンサーたちを描いた意欲作。

 

――今回出版された新しい作品集『#Me』ですが、タイトルにはどんな意味が?

 最初は、女の子たちのちょっとした日常みたいなものを描いてInstagram(@littlethunder)にアップしていたんです。そういうつもりで描いてはいたんですけど、やっぱりみんな「me!(わたしもそう!)」って言い出して……だから、タイトルを『#Me』にしました。

 自分自身や友だちはもちろん、SNSにアップされている写真を見て描いたものもあります。例えば、ナイフでうっかり指を切ってしまったり、病気になった時に薬を撮ってSNSにアップしているもの。以前は指を切ったらすぐに絆創膏を貼ったし、病気になれば薬を飲んで寝ていたけど、今は違うんですね(笑)。

 いつもそうやって自分や自分の周りにいる人たち、自分の目に映ったもの、体験したことを描いています。漫画にせよ、イラストレーションにせよ、絵を描くことは私にとって、その時の自分を表現することなんです。だから、常に変わっていく。いいことも悪いことも、同じように役に立っています。

『#Me』(RAT’S CAVE)2018年 作品集
2018年2月に発刊された、女の子の日常を描いた最新作。

「Hiu Yee」 作品集『#Me』2018年

「Ren」 作品集『#Me』2018年

 

 

自分と対話する

――今やりたいことはありますか。

今回の『#Me』も漫画っぽいですが、今年はちゃんと漫画を描きたい。女性が主人公のミステリーっぽい短編を連作で描くというアイデアは固まっているので、これから1年かけて制作して1冊にまとめる予定。最近イラストレーションばかり描いていたので、私が漫画家だってことを知らない人もいるみたいですが、一番漫画を描くのが好きなんですよ。漫画はたくさんの台詞やページ数があるものだから、自分が思っていることをより表現出来る。私にとって、みんなに分かって貰うように描くイラストレーションは難しいんです。

――これから絵を描いていきたい人に、アドバイスがあればお願いします。

 パソコンと携帯電話を切って、好きなものを好きなように描いて! そうやって、自分といっぱい話をして欲しい。私も描いている時は常に自分と対話しています。修行みたいにすごく孤独な作業だけど、一番いい時間でもあるんじゃないかな(笑)。

 

<プロフィール>

リトルサンダー(門小雷 ムン・シウロイ)/漫画家・イラストレーター。1984年香港生まれ。11歳で初めて香港の漫画雑誌に投稿、15歳で「星島日報」(新聞)に漫画「SEED」を連載。高校卒業後プロとして活動を開始し、香港だけでなく中国・広東地方の漫画雑誌で漫画やイラストレーションを発表する。2009年フランス・コルシカ島漫画フェア、東京デザインフェスタ、台湾とシンガポールのトイショーに参加。受賞歴に、2009年「Apple Baby Cat」講談社モーニング国際新人漫画賞副賞受賞、2011年「KYLOOE」外務省主宰国際漫画賞入賞。小説『武道狂之詩三部作』(喬靖夫著)などの装画、CDジャケット、インテリアやファッションブランドとのコラボなど活動は多岐にわたる。2017年は「ハピネス香港」プロジェクトで、たなかみさきさんやCHAIとのコラボが実現した。趣味はポールダンスと写真。愛猫家。2020年10月末に『藻興浪興無限 WAKAME AND WAVE AND INFINITY』の邦訳版がリイド社より発刊予定。

ウェブサイト(http://littlethunder.storenvy.com

 


本記事は『イラストレーション』No.218の内容を本Webサイト用に調整・再録したものです。記載している内容は出版当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承下さい。

 

『SISTERHOOD LITTLE THUNDER ART BOOK』
香港の漫画家・イラストレーター“Little Thunder”こと門小雷が、これまでに描いてきたイラストレーションを100ページ以上にわたって紹介する日本発の作品集。強くしなやかな女性たちを描き続ける彼女のInstagramのフォロワーは68万人を超え、日々世界中の人々を魅了している。また、漫画「City Of Darkness“九龍城寨”」、「The Artist」、「Loser」とその続編「Lost Forever」(本書のための描き下ろし)も収録。同書は2020年7月、台湾の出版社臉譜より『SISTERHOOD:門小雷精選作品集』として翻訳出版された。


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