いよいよクライマックスを迎えるNHK大河ドラマ「どうする家康」。そのイラストレーションを担当したイラストレーター・山田博之さんに聞く、制作秘話。

いよいよ年末に向けてクライマックスを迎える大河ドラマ「どうする家康」。そこに登場する劇中の地図のイラストレーションを山田博之さんが担当しました。

今回は同作のグラフィック周辺を担当した制作会社「DRAWING AND MANUAL」のオフィスにて、依頼の経緯や制作の様子、苦労した点など、さまざまなお話を伺いました。

 


編集部(以下、編集):山田さんは普段、パッケージデザインや装丁を多く手がけられている印象がありますが、どのような経緯で依頼があったのでしょうか。

山田博之(以下、山田):普段のお仕事のご依頼は「山田さんのスタイルでこういうモチーフを描いて欲しい」という流れなんですが、今回は「デジタル作画でいろいろなレイヤーを重ねて素早く制作出来る人」をDRAWING AND MANUALのアートディレクターである髙橋まりなさんが探されていて、髙橋さんと美術予備校の同期だった鳴田小夜子さんとの繋がりで、僕に依頼が来ました。鳴田さんは以前、坂川事務所で働いておられ、その当時「ハロルド・フライ」のカバーでご一緒したことがあったんです。そのとき制作したイラストが、山々が続く風景なんですが、山をひとつだけ描いて、あとはコピペでレイヤーを重ねて制作する技法で描いたんです。それを鳴田さんが覚えていらっしゃって、ご依頼いただいたという流れです。

『ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅』(レイチェル・ジョイス 著/講談社) 書影

ご依頼いただいた段階ではどんなことをやるかもまだ決まっていなくて、「劇中の地図を描く」くらいしか内容はわかっていませんでした。だからこの時点では、いわゆる屏風のイラストみたいなものを描くんだろうくらいのイメージでした。確かに過去に描いたことのないスタイルではあるけれど、普段からタッチやスタイルを作っているわけではなく、自分のパーソナリティから出てくるものはすべて自分の絵で、同じ匂いを醸すと考えているので、表現に対する拘りはないんです。だからその辺はフレキシブルに対応出来るだろうと考えました。鳴田さんからのご依頼というのも、亡くなった坂川栄治さんが繋いでくださったご縁のように感じましたし、せっかく大河ドラマに関わるご依頼をいただいたんですから、これはやらなければと思いお引き受けしました。

 

編集:実際の制作について、お聞かせいただけますか。

山田:一番最初に依頼されたのが俯瞰の領土地図で、ここでどういうスタイルで進めていくか考えました。フルデジタルで描いていますが、デジタル感をなくすために和紙のテクスチャをベースにしています。和紙をスキャンして取りこみ、Photoshopで色を変えながら、テクスチャだけを生かして切り抜きで使っています。

領土地図には領土分けのパターンを使っていますが、このパターンについても、アナログ感のあるブラシを使って、絣の着物の柄のようなイメージなど、和風を意識して制作しました。それも全面描いてるわけでなく、小さなスペースを描いてコピペし、1つの大きなパターンを作っています。物語が進んでいくとどんどん広範囲になっていくので、いろいろなパターンを作って、それぞれの国の領土を表現していきました。

各国の領地を表した領土地図

 

編集:作中では地図以外のイラストレーションも随所に登場します。

山田:制作を進める中で、地図以外のものもあれば描かせてくださいと言っていたんですけど、気付いたら本当にいろいろとやらせていただきました。火縄銃やナマズ、松本潤さんが演じる家康の肖像と……。家康の肖像が登場するシーンは結構盛りだくさんで、屏風が開くようになっていたり、うさぎが走っていたり。これも全部アニメーション作業がしやすいようにレイヤーを分けて制作しました。松の木は第10回の時に描いたものですが、同じく幹と枝葉とを分けたデータをお渡しして、自由にパターンを組んでいただけるようにしました。

次々に開く屏風
松の木の間を駆ける白うさぎ

松本さんが演じる家康の肖像画は監督の希望で作ったんですが、最初は「(ファンのバッシングなど)大丈夫かな……?」と心配で(笑)。結果的には温かいコメントをたくさんいただいたので、観ている方にも喜んでいただけたんだなとうれしかったです。

このイラストは、家康の体は有名な「家康像」をベースにしているんですが、意外とぺったんこなんですよね、徳川家康の体って。で、あの大きな顔にはぴったりなんですけど、松本さんの顔を合わせてみたら全然しっくりこなくて……。だからバランスを取るためにかなり調整しています、実は。あとは頼りない雰囲気を出さなければいけなかったので、凛々しくならないよう、困っている感じを出すのに気を遣いました。

松本潤さんの似顔絵で作成された家康像

それから、地震が起きるシーンでナマズを描いたんですが、これはあまり動かさないと聞いていたので、レイヤーに分けずに描いたのですが、実際の映像では結構動いていて驚きました。動かしづらかっただろうと思います。

鳴田小夜子(以下、鳴田):地震のシーンは怖くなりすぎるとセンシティブになってしまうので、やりすぎた表現にならないよう注意しました。ナマズもちょっとファニーな感じにしていただいて。

山田:ベースのイメージは大野麦風(おおのばくふう)の木版画なんです。目をちょっと大きくしたり、いろいろアレンジを加えています。揺れが広がっていく波紋のような模様も描きました。

髙松彩花(以下、髙松):このシーンは納品後にも考証の関係で微調整があって。それに合わせて、波紋は山田さんから正円で作成していただのを変形させて使用しています。

地震のメタファーとして描かれたナマズたち
揺れの広がりを表現した波紋の図

 

編集:山田さんはこれまでに動画のお仕事をされたことがあるのでしょうか?

山田:いえ、今回が初めてです! だからすごく楽しかったです。

 

編集:レイヤー分けなど、慣れない作業は大変ではありませんでしたか?

山田:普段の仕事でもレイヤーを多用しているんです。モチーフごとにレイヤー制作することが多いです。装画の仕事にしても「タイトルがここに入るからもう少し寄せてください」と言われた時に、1枚絵で描いていると切り抜いたりするのがとても大変なので、移動可能なレイヤーデータでデザイナーさんに渡したり。あとはコピペも使うことが多いです。野菜の雑誌の仕事に関わっていますが、例えば大根がいっぱい植えられているシーンなどはコピペで秒殺です(笑)。

描いた後に監修の先生が入って「ここの畝幅が違う」「種まきの時の幅が違う」と、チェックが入るんです。その時に簡単に動かすことができるので、大量の修正も煩わしくありません。ハーブなど植物を描く仕事も多いですが、ラベンダーのような蕾がたくさんあるものを手描きとなると大変です。そういうモチーフも1つ描いてコピペして形を作っていく。そういう方法で作業効率をアップしています。その技術が今回全部活かせた感じです。

髙橋まりな(以下、髙橋):ただ、山田さんは、コピペに見えないようにすごく工夫をしてくださっているんです。そういう風に省略する手段を知っている方じゃないと、連続ドラマのスケジュールの中で、変更や新たな要望を受けた時に制作時間を逼迫してしまうかなと思いまして。

山田:修正に対応出来ないと、ですね。

鳴田:今回のお仕事のスピード感に対応しようと思うとアナログ作画の方だと難しいし、デジタルだけど手描き風に見えるというところは、山田さんにお願いした大きなポイントです。

 

編集:タイトなスケジュールな印象を受けますが、その点はいかがですか。

山田:僕は静止画を描くだけだからそんなに苦じゃなかったですよ。今回の制作に関して「スケジュールがこんなにハードなのは無理だ」と思ったことは1度もなかったですから。たぶん、アニメーション化するデザインチームの作業のほうが大変だったと思いますよ。

髙橋・髙松・鳴田:いやいやいや! 絵がないと始まらないですから……! 今も作業は余裕があるんですか?

山田:今も全然。この間も早めに上げたでしょ? 豊臣秀吉が肥前名護屋城に名だたる大名160名を召集するシーンがあるんですが、その代表の18人を、彼らが身に着けている兜と甲冑のイラストで表したんです。最初は細かく描いていて結構大変だと思ったんです。甲冑の模様もしっかり描きこんでいたので。でも監督さんのチェックで「こんなに緻密に描かなくても大丈夫じゃないですか?」と言われて。それで簡略化してみたら、意外とどれも形が一緒なんです。大体似たような羽織を着ていて、色合いが違うだけだったり。あとは兜の形が違う程度だったので、コピペでいけると思ったら、そこからめちゃくちゃハイスピードになりました(笑)。

髙松:確かにすごく早かったです。このシーンの人の描き方などの基になった第13回の上洛地図は、楽しい回にしようということで、山田さんにはからくり人形のような感じでとお伝えしてやっていただいたんですよね。進行上、私たちが編集している時にはまだ音楽が付いていないので、放送されてやっと「こうなったのか!」となるのも面白いところです。

名護屋城へ招集された大名たち

 

編集:苦労された点や、難しかったモチーフはありますか?

鳴田:私としては、小田原城を描いた斜俯瞰の地図は非常に頭を悩ませました……(笑)。

山田:それね、僕が一番外注したかったやつです(笑)。こればかりは途中で挫折しました。「もうわけわかんない!」って。

髙橋:私たちも正解がわからなくて。家康って、大河ドラマで取り上げられてきたような武将達と比べると比較的近年の人物なので資料が豊富にあるんですけど、この小田原城に関しては本当に資料が少なくて、CGや模型で作ることも難しいレベルだったんです。

山田:その資料もバラバラで……。お城のある位置関係だけしっかり合わせて、あとは本当に想像でやっている感じです。城下町の街並みも、分からないなりに不自然にならないように調整しています。この絵、1日とか1日半で仕上げてるんですよ。

小田原城と城下町の様子

鳴田:分からないことだらけなので、とにかく山田さんに描いていただいて、それをブラッシュアップしていくしかないということで……。最初はもっと墨絵っぽい感じだったのですが、平和な雰囲気に見えてしまっていたので、戦乱の世を長く生き延びてきた老大国であることがしっかりと伝わるようにコントラストや遠近感をしっかりつけてもらったり、スモークのような効果を入れていただいたりして。寺島しのぶさんのナレーションにも助けられつつなんとか形になったという感じです。

山田:本当に、これだけは大変だったなあ……。あとは全体の話に戻りますが、一番最初にRGBで描いて欲しいと言われた時は戸惑いました。全体の色調整にチャンネルミキサーを使うんですが、RGBでの調整は引き算になるので非常に難しい。CMYKはカラーチャートと同じなので調整が簡単なんです。最終的にはCMYKで大丈夫ということになったのでよかったんですが。

髙橋:After Effectsのシステム上CMYKのデータをレイヤー階層を保ったまま読みこめないという問題がありまして……。

 

編集:イラストレーション制作にあたっての資料は、ご自分で調べるんですか?

山田:いえ、自分では調べていなくて、髙松さんが「あとは描くだけ」レベルに揃えてくださっていて、非常に助かっています。ただ、火縄銃だけはいただいた資料だけでは構造が分からなくて、ネットで調べたりYouTubeで動画を見て、正しい動きを検証しました。火蓋や引き金は動かせるように、ここもレイヤー分けしてお渡ししています。実際の火縄銃はもっと細長い造りなんですが、ぐっと短くして画面上で大きく見せるようバランスを取っています。

髙橋:この回を担当した監督さんはユーモラスな演出をされる方で、最初『アニメーション映画の「美女と野獣」に出てくる配膳のシーンみたいな感じ』というオーダーがありました。それをヒントに構えられた火縄銃がズラーっと並んでいる絵になったんですけれど、実写ではなかなか出来ない見せ方でありつつ、ドラマとのギャップもあまりなく作れたんじゃないかなと思います。

ずらりと並んだ火縄銃

山田:考証のチェックや台本の読みこみもデザインチームのみなさんがやってくださっているので、仕事としては非常にやりやすいです。地図の作画の時も曖昧な部分があれば確認や資料集めをお願いしていますし、どんなシーンのために何を描くかというところが明確になった状態で指示をいただいていたので、僕はそのビジュアルをどう完成させるかというところに集中できました。ストレスなく進められたので、とても感謝しています。

 


<プロフィール>

山田博之/イラストレーター。京都市出身。京都嵯峨美術短期大学ビジュアルデザイン科卒業。2010年より山田博之イラストレーション講座(山田塾)主宰。トップアワードアジア2020受賞。日本パッケージデザイン大賞2021入選。日本タイポグラフィ年鑑2021パッケージ部門ベストワーク受賞。青山スペースユイにて毎年個展開催。TIS会員。

 

【大河ドラマ「どうする家康」】

 

NHK総合テレビにて毎週日曜日午後8時〜 放送中

(BSプレミアム、BS4Kでは午後6時〜 ※BS4Kは午後0時15分から先行放送)

主演:松本潤

語り:寺島しのぶ

脚本:古沢良太

音楽:稲本響

制作統括:磯智明

人物デザイン監修:柘植伊佐夫


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