『西の魔女が死んだ』などで知られる作家の梨木香歩さんと、「リサとガスパール」シリーズなどを手がけた画家ゲオルグ・ハレンスレーベンさんによる絵本『森のはずれの美術館の話』(ブルーシープ)が、8月20日(水)に発売される。
同書は、東京・上野にある国立西洋美術館を題材にした絵本だ。人が絵と結ばれることの喜び、絵の中に大切なものを見出すことの幸せ、そして「西洋の窓」として多くの人びとに愛されてきた国立西洋美術館の魅力を、梨木さんとハレンスレーベンさんが静かな力強さで描き出している。
作品は2部構成。2つのお話のうち、絵とテキストで綴られる「電車に乗って美術館にきた ある母子の話」では、男の子が美術館で母親とはぐれてしまうところから物語が始まる。
あひるの親子、印象的な瞳の女の子、謎めいた紳士。1人になった男の子は、美術館の中で出会った彼らに導かれ、やがて1枚の絵と出会い、不思議な交わりを体験することになる……。
物語の中盤、美術館の中で絵と向き合う人びとを眺めながら紳士がつぶやく言葉は特に印象的だ。
「ひとが 絵と ふかく むすばれる
ここには そういう ねがい が こめられている
たいせつなものを みつけるたび
たましいは よろこび
満月のように 満ちたりる
たいせつなものを まもる きもちは
そのひとの たましいも まもる」
絵と結ばれる、ほかでは得がたい幸せ。絵画や芸術作品を鑑賞することを愛し、その時間の尊さを知る人であれば、きっと誰しもがこの言葉に共感するのではないだろうか。
2部構成のもう1篇は、梨木さんのテキストのみで綴られる「西洋美術館クロニクル」。先に収録された「電車に乗って美術館にきた ある母子の話」の前日譚であり後日譚のようなストーリーは、詩のように美しく響き、絵本全体の奥行きより一層広げている。
また刊行にあたっては、題材となった国立西洋美術館で完成記者発表会が開催され、渡辺晋輔さん(三菱一号館美術館 学芸グループ長、前・国立西洋美術館 学芸課長)、夢眠ねむさん(書店店主/キャラクタープロデューサー)による座談会が行われた。
同書が生まれた背景には、国立西洋美術館の新しい来場者を広げるという意図もある。渡辺さんは「この絵本が美術館体験を更新する入り口となり、美術館に足を運ぶきっかけにつながれば」と話した。



絵画や芸術に親しみ、美術館で作品を鑑賞することを楽しむすべての人へおすすめしたい、静かな力強さに満ちた絵本『森のはずれの美術館の話』。本を開き、そこに流れる尊く美しい時間に思いを馳せた後は、ぜひ美術館にも足を運びたい。
【著者からのメッセージ】
この物語創りに着手する前に考えていたことは、収蔵作品の最初のコレクターや戦時中それを守り通した人、さらに確固たる伝統芸術がすでに根付いているこの国に、西洋美術の殿堂となる建物を依頼された建築家の意気込みと自負……多くの人びとの思いが畳み込まれた美術館の物語であるとともに、絵を見るためにやってきた、たった一人の物語でもなくてはならない、ということでした。
梨木香歩
最初にこの本のプロジェクトのことを聞き、梨木香歩さんの素晴らしい文章を送ってもらったとき、とてもわくわくしました。すぐに制作に取りかかると、国立西洋美術館の写真やビデオ、資料をもとに、たくさんのドローイングを描きました。見たものすべてがすばらしく、とりわけきらきら光る床とそこに映る深い反射に心を奪われました。まるでジヴェルニーのモネの池に映る風景のようで、その向こうに広がる魔法の世界へ誘われるようでした。子どもの頃、父と訪れて以来、美術館は私にとっていつも魔法のような場所でした。この本の絵で、そうした魔法の一端を表現することができていたら、とてもしあわせです。いつか、この素晴らしい美術館を訪ねてみたいです。
ゲオルグ・ハレンスレーベン
【書誌情報】
文:梨木香歩 絵:ゲオルグ・ハレンスレーベン
編集:永岡綾 装丁:名久井直子 写真:木村和平
協力:国立西洋美術館
価格:2,000円+税