サラーム・サラーム ロングインタビューvol.3 「“詩の国”イランの絵本とイラストレーション」

日本に住む人間にとって、“イラン”という国名から想像出来ることはきっとそう多くない。そんな異国の地の絵本を日本に紹介することでぐっと身近に、また興味深い存在だと気付かせてくれるのが、ペルシャ語翻訳家・愛甲恵子さんと美術家・YUMEさんのユニット“サラーム・サラーム”だ。

2017年11月サラーム・サラームの企画で開催されたヌーシーン・サファーフーの絵本原画展『スーフィーと獣と王たちの物語』の会場となった原宿・SEE MORE GLASSに在廊中のお2人を訪ね、彼女たちの視点、またその活動について伺った。

*本記事は、2018年1月18日発売『イラストレーション』(No.217)掲載の特集を基にロングインタビューとして再構成して、同日より「イラストレーションファイルWeb」内にて公開していたものです。サイトリニューアルに伴い、本ウェブサイトに転載しました。

 


───イランの絵本を読む時に、知っておいた方がよい前提や傾向などはありますか。

愛甲:宗教的な問題で、神の姿やイスラームの聖者の顔は描かれない、とかありますけど、それって絵本を楽しむ時に絶対必要な情報でもないですよね。自分のいま持ってる価値観で楽しめればそれでいいというか……。見てくださる方が「イランの絵本だ」ということより、一対一で絵本と向かい合って面白いなという気持ちになってくれたらうれしいですね。

それから、傾向があるとすれば〝ポエティック〞ということでしょうか。だから、「分かりづらいな」と感じることもあると思うんですけど、そこはなんとなくで読んで貰っていいと思っています。もちろん彼らの生活を知ることで違う楽しみ方が出来る部分もあるでしょうけど、そうしなきゃいけない、ということではないと思うんですよ。

YUME:「絵本=物語を読む」というより、詩だと思ってページをめくると、いろいろ感じとれるかもしれないですね。私もペルシャ語は読めないのに絵本そのものをまるごと受け入れて、「この絵、すごく素敵じゃない?」というのが知って貰いたい気持ちの発端ですし。

愛甲:「いいと思うんだけど、みんなどう思う?」っていうスタンスですね。

YUME:日本にいるとイランについてはすごく狭い範囲の情報しか入ってこないから、ある意味〝怖い、分からない〞という凝り固まったイメージがありますよね。私も初めてイランに行った時に、勝手な印象を持っていたことに気付きました。どこにいても人はたくましく、生き生きとその暮らしの中で表現しながら生きているんだと、感動すら覚えたんです。

愛甲:「ペルシャ猫を誰も知らない」(*7)というイラン映画も、そういうことを感じさせます。彼らはいま出来る最高のことをやろうと頑張ってるんだけど、その「やりたいことをやろうとしている」って気持ちはどこにいたって同じだから妙に納得出来た。日本にいたっていろんなことに縛られてるんですよね。

YUME:だから、活動を始める時に〝イランの絵本〞を通して、「与えられたその場所でみんな普通に生活していて、自分の描きたいものを描いているってことをとにかくシンプルに伝えよう」って話しました。そうすることで彼らの作品や発言を素直に受け取ってもらえたり、彼らの国に対する見方が変わったりするかもしれないっていう想いはやっぱりあります。

愛甲:私たちが見て面白いと思ったものを紹介しているので、もちろんこれがイランのすべてではないし代表しているわけでもないんですけど、新しい見方が加わったり変化するといいなって思いますね。

 

───先ほど傾向があるとすれば“ポエティック”だとおっしゃっていましたが、「イランの人たちは詩への感度がかなり高いのでは?」とお2人が紹介されている絵本を読んで感じました。

愛甲:本当にそうなんです。

YUME:初めて見た時にびっくりしたんですけど、お休みになると川縁に日本だと花火大会かと思うくらいの人が集まって来るんです。あちこちで家族や婚約している男女が集まって一体何をしているのかなと思ったら、みんな詩を語らっているんですよ。日本も他国から見れば詩人じゃなくとも詩や俳句を作る民族ですけど、それよりももっと当たり前に詩を語らうイランの人たちにとにかく衝撃を受けました。詩がベースになっている絵本が多いのも頷けます。しかも、ちょっと内容が難しい……。

愛甲:私たちが難しいと感じている部分は、すっと流しているような印象がありますね。むこうの人は特に難しいとは感じていなくて、詩だけじゃなく普通のお話もちょっと詩的な感じ。絵に対しても物語を語るというよりは、1枚1枚の完成度を求めているようなところがあると思います。

 

───“愛”や“恋”を主題に詩を語ることは、宗教的に大丈夫なのですか?

YUME:彼らはそういったことを、すごく語りますよ! 「薔薇とワインと愛と」みたいな感じで(笑)。

愛甲:濡れ場のようなものはもちろんダメですけど、要は精神的な愛。女性のことを語っているようだけど、実は神への愛の詩だと高尚に捉えられたりもする。日本人からすると、ちょっと浮世離れしている感じがあるかもしれない。絵本を作る時も詩人とイラストレーターがそれぞれ私はこう思うっていう印象ををぶつけあうから、第三者はややついていけないところがあるのかも。この間気付いたんですけど、イランの絵本を見て「ご飯がおいしそう」とかってほとんど思ったことがなくて……。彼らは自分の印象で常に表現しているというか、日常生活を描いた絵本はほとんどないんですよ。どちらかと言えば、現実はそこにあるんだからそれを描いて何になる? みたいな気分がある気がします。

YUME:日本だと子どもにも分かりやすいようにっていうのがあると思うんですけど、イランの絵本は物語や詩の中に放りこまれるような感じがします。

 

───文化的なことに造詣が深い国なんですね。

愛甲:そうですね、おそらく彼らはそのことを誇りに思っています。

YUME:詩人たちもペルシャが一番っていう誇りを持ってるんですよ。

愛甲:それは絵本とか関係なしにすごく感じる(笑)。基本褒め上手で場の空気をすごく大切にする人たちだから日本のことをすごく褒めてくれるけど、やっぱり自分たちのことを誇りに思っているというのはあらゆるところで感じるんです。これは決して悪い意味ではなくて、いいことだなぁと思います。

*7 「ペルシャ猫を誰も知らない」…西洋文化の規制が厳しいイランで、音楽を自由に演奏することを夢見る若者たちの姿を描いたバフマン・ゴバディ監督の作品。

 

───イランにおいて、“絵本”というジャンルは古くからのものなんでしょうか。

愛甲:本格的に作り始めたのは1960年代。特に先にも出たカーヌーンという出版社が出来てから、すごく力を入れるようになりました。カーヌーンは映画制作や絵画教室などいろいろな文化活動を行っている機関で、そのなかに本を出版するセクションもあるんです。発足当初は政府との関係はなかったんですが、イラン革命後に一部国に属するようになりました。

 

───イラストレーターと絵本作家の大きな違いはありますか?

愛甲:絵と文章の両方を担う人がほとんどいないから、絵本作家というのはあんまりないですね。イラストレーターは絵本だけでなく、いろいろな仕事をしています。

YUME:ただ、絵画的なアーティストとイラストレーターはやっぱり別です。最初はイラストレーターとして仕事をしていたとしても、だんだん画家に移行していったり……。

愛甲:モルテザーがそういうタイプですね。『ごきぶりねえさんどこいくの?』をやってた頃は絵本の表現にも興味があったと思うんですけど、それが窮屈に感じるところもあったみたいで。

YUME:でも、そういうのもいいよね。イランの出版社や書店は世界に向けて自国の絵本を発信しているんですよ。だから若い人たちが海外で評価されて、海外のブックフェアなんかにも足を運べる。そういう意味ではイラストレーターにとって、絵本という“ツール”に対しての感覚が違う気がする。

愛甲:そのとおりだと思う。やっぱりボローニャ国際絵本原画展やブラティスラヴァ世界絵本原画展なんかで入選しなければ、イランという国に注目している人なんてほぼいないんですよ。世界的に有名な賞を受賞すれば国内外問わず注目されるし、いいものを描けばより評価されていく感覚がきっとある。ひとつの手段として、そういったことを通じて私たちも彼らの個展を企画しているので。

YUME:あと絵本作家やイラストレーターの方々はある程度作風に一貫性をもって描かれることが多いと思うんですけど、イランでは1冊1冊その詩や物語に対して絵を描く感じなので、話によって絵ががらっと変わります。流行によって、同世代のイラストレーターたちの作品が一瞬似ていたりもする。持っている絵の引き出しが多いというか、とにかく自由に変化するんです。だから、前のようなものをって頼もうとしても全然違うものが出てくるし、出版社もそれを受け入れている。そして、日本だと子どものために作られた絵本とは別に、対象年齢別の絵本が確立されている気がするんです。イランではただ“絵本”っていうものがあって、それが誰かを想定しているわけじゃないのが面白いなと思います。

 

〈プロフィール〉

salamx2(サラーム・サラーム)/2004年からイラン(ペルシャ語)の絵本や絵本作家を独自の視点で幅広く紹介する、愛甲恵子(ペルシャ語担当)とYUME(意匠などを担当するご意見番)の2人組ユニット。

 ウェブサイト

 


【イランの絵本展 vol.11 ヌーシーン・サーデギヤーン

板橋区立美術館にて開催中の「ボローニャ国際絵本原画展」関連企画として、イランの絵本展を開催!

今回は、巧みな構図と色使いで、物語を力強く牽引し、2022年〜24年と続けてボローニャ展に入選しているヌーシーン・サーデギヤーンさんを特集。新刊の『ハゲワシの娘(Dokhtar-e dal)』(文:A. Akbarpur、22年入選作)のほか、近年刊行された計3作品が展示・販売される。

会期:2024年7月26日(金)〜30日(火)※会期中無休

会場:Café & Gallery Patina

住所:〒175-0094 東京都板橋区成増3-20-16

時間:11:30〜18:00

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